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2018年1月 6日 (土)

新しい年への期待

 2018年、新しい年、明けましておめでとうございます。

 丘の上新年茶会には、今年も楽しい出会いがありました。3日は自分たちのリフレッシュということで、大みそかから泊っていた中西夫妻と甲府に行ってまいりました。新年度の奉仕教会が甲府になるということと、県立美術館がすぐ近くにあること、そして以前から行ってみたい温泉がそこにある、というためでした。この美術館に行けば、ミレーの作品に会うことができます。「種まく人」は、以前ほかの展覧会で観たことがあったと思いますが、今回はその力強さに改めて気づかされました。また、関東平野で見る富士山との景色の違いも感じることができ、謙信のライバルでもあった信玄は、こういう風景の中で育ったのか、さぞかし海が見たかっただろうな、と思った次第です。
 今年は新しいことが起こる予感がいたします。それは良きことなのか、悪しきことなのか・・・。いずれにせよ、本年もよろしくお願いいたします。皆様に神様の祝福がありますように。

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2017年11月25日 (土)

「信仰生活」あるいは「信仰と生活」 ドア(戸)を取っちゃおう

 本日の丘の上説教は、小野牧師です。中央で語る説教の中から、抜粋しました。

 宗教改革の時代は、ルネッサンス、文芸復興の時代でもありました。それはまた、神中心から、人間中心になる時でもあったのです。ほかの言い方をすれば、信仰と生活が分かれてきた時代だったのです。
 かつて、私たちの国も、神仏を拝むこと、信仰することと生活は一つになっている時代がありました。戦国時代も、実はそうであったのです。現在、県立民族博物館で行われている「上杉家の名刀と35腰」「関東管領上杉氏と埼玉の戦国武将」を見に行ってまいりました。とてもよかったです。123日まで開かれていますので、行かれてみたらよいと思います。
 その図録の中に、上杉謙信の信仰についての解説がありました。謙信は、戦の神様ともいえる毘沙門天を信仰しており、戦の前には、毘沙門堂にこもり戦勝を祈願したということです。信仰と生活が、一緒になっていたといえるでしょう。この当時の人々の生活は神仏を信仰することと一つになっており、それは謙信に限ったことではない、とありました。良きにつけ悪しきにつけ、かつての日本人は、神仏を信仰することと生活が一つになっていたのです。なので、私たちの国に福音が伝えられたとき、この福音と自らの人生を一つに重ねる思考が、すでにあったのだと思います。
 現代社会は、お祭りや宗教行事を受け継いでいても、それは形だけになっていることが多いのです。地域住民との親睦や、コミュニティーつくりの一環となり、神仏を拝むことは、ほぼなくなり、その起源も忘れられてしまいました。しかし本来は、祭りや宗教行事は、人々の生活を作っていったのです。ざっくりいえば、信仰と生活が一つになっていたのです。信仰と生活が分離してしまっている、これが今の時代です。そしてキリスト者も時代の子なので、キリストを信じる信仰と、日々の生活が分離してしまったのです。せいぜい日曜日だけ、神様を礼拝する、奉仕の時だけイエス様に仕える心で頑張ろう、みたいなことになってしまうのです。
 あなたは、大丈夫でしょうか。一日24時間、一年365日、神様は私たちを愛し、恵んでくださっています。ならば、私たちもいつも、そしてどのような時でも、み言葉と恵みに立つ日々を送れるはずなのです。
 街にはクリスマスの飾りつけが、あふれています。教会にも、イルミネーションがつくことでしょう。でもそれは、ひょっとして形だけかもしれません。クリスマスツリーは、かのマルティンルターが、木の枝から見える美しい星の光を子供達に見てほしいとの思いで、切り出した木を家に入れて、ろうそくで飾ったところから始まったという説があります。星の光は、ルターを慰める神様からの贈り物だったのでしょう。6人誕生したわが子のうち、二人も失ったルターは、喜びの日も悲しみの日も、神を信じ、み言葉に立っていたのです。クリスマスの飾りは、彼の信仰を表すものだったのです。頭だけの信仰、生活と切り離された信仰ではなく、それは一つになっていたのですね。

2017年11月11日 (土)

チャリ茶会と映画会

去る10月21日、雨でした。しかし、第20回目の丘の上チャリティー茶会は、240名を超えるお客様が来られ、大盛会でした。野点はできず、会堂の中での席となりましたが、講演が聞けて、バックミュージックにバリトン演奏を聞けるという、考えてみれば贅沢な席ともなったわけです。カメラマンさんが写真を編集中ですので、日を改めてアップしたいと思います。お越しくださった方、席を持ってくださった先生方と社中の皆様、そして教会の兄弟姉妹の奉仕に、感謝いたします。

翌日22日も、雨でした。衆議院選挙、市長選の投票日でしたが、映画会「母」には、300人近い方が来てくださいました。監督の舞台挨拶もあり、ました。子役として出ていて、舞台挨拶もした上野神楽ちゃんは、山田監督のお孫さんです。少しおてんばの、かわいいお嬢さんでした。観てくださったある方は、「とてもよかった。しかしお客さんが年配の方が多いのが気になった。若い人達に観てほしかった。これからの時代を作っていく若者に、ぜひ見てほしい映画だ」と言われてました。長い間教師として勤め来られた方ならではの、感想だと思います。

これからの時代は、どうなっていくのでしょうか。マイカントリーファーストで、平和が訪れるのでしょうか。へりくだって、違う人たちと一緒に平和に暮らせる、お茶会のような世界が見られるようになったらと思います。

2017年9月30日 (土)

チャリティー茶会と映画会

 お久しぶりの、日記、つぶやきです。

10月は、二つのビッグイベントです。詳しくは、「おしらせ」をご覧くださいね。

10月21日 第20回丘の上チャリティー茶会

10月22日 映画「母」上映会 春日部市民文化会館

2017年4月 8日 (土)

高田高校、おまえもか!

 中学校の保健体育の武道に、銃剣道が入れられるというニュースがあった。これを聞いて、母校である高田高校で、自衛隊の銃剣道の練習に学校の講堂を貸していることが問題になり、それを端緒に全校で議論起こり、結果、生徒心得の廃止、制服の自由化、これまでのような卒業式の廃止が決まったことを思い起こした。銃剣道の練習は取りやめられ、武器を取らないで平和を求めていこう、というようなことが話し合われたと思う。
 卒業式に関しては、1年生の時は、普通の卒業式、2年生は対話集会、そして自分たちの卒業の時は式典はなく、卒業パーティーということで、保護者の方々も一緒になって講堂で飲み食いした。卒業証書はクラスごとに担任から受け取り、それはとても良かったと思う。学生たちが自由に学園生活を送れるシンボルが、自由な服装であった。教育実習で母校を訪れた時、確かにみんな自由な服装をしていた。「お前らが好きな服を着られるようになったのは、俺たちのおかげだぞ」なんて、心の中でつぶやいていた。ちょっと、傲慢ですね。もっとも、げた履きが少なくなったのは残念だったが。

 その高田高校で、なんと「式服」導入を検討しているいうことを、ニュースで知った。その当時活発な議論の中にいた者としては、ちょっと寂しい気がする。人が自由に生きることが少しずつ狭められていると感じるこの時代の波に、むしろ抗うものであれ。あわせて、かつて議論したように、武器によらない平和を求める学校であってほしい。


«愛に生かされる  ヨハネ11:1-6  2017.4.2