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2016年9月23日 (金)

第21回市民講座

お久しぶりです。
まずは、28日の市民講座の案内をアップしました。お知らせ、からご覧ください。
第21回市民講座が、9月28日に行われます。会場はいつものふれあいキューブ4階、午前10時です。今回のテーマは「癒し」 新装なった春日部メディカルセンターの心を癒す芸術作品を展示してくださった増村紀一郎先生のお話と、癒しの茶の湯について髙橋先生が語ってくださいます。季節のお菓子とお茶で、ゆったりと癒しのひと時を。

2016年8月11日 (木)

記念会

 関東では、お盆ウイーク。お墓参りや、実家に帰って先祖を偲びつつ、家族との親睦を持つ時ですね。キリスト者も、召された方を思いながら、礼拝をささげます。今年も、坂路さんご夫妻の両親を偲び、ご自宅で礼拝をささげることができました。好きだった花を手向け、祈りの時を持ちました。そのあとは、ご近所の福楽さんでお食事をいただきました。祇園ばやしのBGMで、鱧を中心とした会席ランチに、よきくつろぎの時となりました。食事後は、福楽さんのご主人のお話しや、茶道具を見せていただき、短い時間でしたが、ゆっくりできたような気持ちになれたのだ、幸いでしたね。

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2016年6月29日 (水)

江戸切支丹屋敷 その後

 今年4月に、切支丹屋敷跡から発見された3体の人骨のうち、中央に葬られていたのは最後の伴天連シドッチではないかという記事をアップした。その後屋敷の跡地を訪れ、関連書籍や資料を見るうちに、いろいろなことがわかってきた。3体の人骨が発見された場所も特定できた。そこは新たに建てられたマンションの北側の玄関にあたる。

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 最近クロドヴオ・タシナリ神父の著書「殉教者シドッティ」と、宮永孝氏の「東京キリシタン屋敷の遺跡」という小論を読んだ。そこにシドッチが最後に入れられという地下牢のことが掲載されていた。この屋敷にあった地下牢とは、地面に縦穴を掘り、そこから横に通路つけて、4~6個くらいの穴を掘っただけのものである。背の高かったシドッチは、ず~と腰を曲げたままでなければいられないほどのスペースであり、牢獄というよりもきつい折檻の場所である。そんな中に入れられてもなお、主に対する信仰を持ち、彼が導いた長助夫妻のために祈っていたシドッチ宣教師がいたのである。
 この地下牢の上に建てられた住宅の一つが、S氏宅である。 2冊の著作の中には、切支丹坂にあるこのS氏のお宅が、シドッチ記念館になっているとあった。今までもこのお宅の呼び鈴を押したことはあったがお留守であったので、ぜひともお話を伺ってみたいと思わされている。もう一二度、茗荷谷駅に降り立たなくてはいけないようである。
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 7月には、今回の発掘に伴う新しい資料が教育委員会から出されると思う。これもまた楽しみではある。

2016年6月27日 (月)

こんな近くに会席料理のお店が!

 今日のお昼は、真佐子の誕生祝いに、ご近所のお店でランチ。木の香りのする落ち着いたお部屋で、ゆったりと会席料理をいただきました。昨年の9月に完成したそうです。庵主は、娘の高校の先輩とわかり、お話しも楽しめました。お世話になった校長先生も、来庵されたとか。

 隣の茶室には、昨日の茶事の名残で床の間には掛け軸が。「一聲雷震清風起」とあり、今の季節を表していますね。庵主の許可を得て、画像をアップ。お店の名前は福楽(ふくら)、東岩槻駅北口からすぐです。デザートにお抹茶が出て、安心価格でいただけますよ。お料理のおいしいお店がありますが、こちらは最も近くにありますね。教会のHさんから知らされて、行ってみましたが、大正解でした。
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2016年4月10日 (日)

シドッチか?

「復活の証人」というときの証人という言葉は、まさに殉教者を表す言葉でもありました。そんなことを思いめぐらしていた時、次のようなニュースが飛び込んできました。

「切支丹屋敷跡」から人骨 禁制下に潜入した宣教師か

 東京都文京区の都旧跡「切支丹屋敷跡」で2年前に3体の人骨が出土し、うち1体は江戸時代のイタリア人宣教師シドッチの可能性が高いことがわかった。シドッチはキリシタン禁制下の日本に潜入した最後の宣教師とされる。区が4日発表した。(以下略)

これは、2016442143(デジタル朝日新聞)に掲載された記事で、テレビや各誌でも報道されていました。新井白石がシドッチの尋問を行い、それをもとに書かれたのが「西洋紀聞」であることは、多くの方がご存知でしょう。2014年の1月に、自分の訪れたところから、3体の遺骨が見つかり、その一体がシドッチである可能性が非常に高い、ということで、胸がドキドキしてきたのです。先月お会いしたばかりの、マリオ神父様のコメントが載っていました。「最後まで布教を諦めなかったシドッチは見事な殉教者。列聖などの再評価をバチカンにも働きかけたい」後段のコメントはさりながら、キリスト教禁制の時代、多くの宣教師が死の苦しみを味わっていることを知りながら、万里の波頭を越えてやってきたシドッチは、前段にあるように本物のキリスト信者だったと思います。改めて切支丹屋敷を訪ね、シドッチの信仰の息吹にふれてみたいと、思わされました。

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