フォト
無料ブログはココログ

« 和やかな一日でした | トップページ | 待降節、第2週 »

2010年12月 5日 (日)

クリスマスほど寂しいものはないって本当??????

2010.12.4(師走) NO.307 

神の顧み ルカ1:67-80

先月の24日、私の弟の娘が、初めての赤ちゃんを産みました。初孫であり、父から見ればひ孫になります。名前は「陽奈・ひな」。太陽のように明るく元気な子どもになってほしい、という両親の願いが込められています。実家では、太陽の周りを地球が回っているように、この陽奈ちゃんを中心にみんなが動いているそうです。

イエスキリストの誕生に先立って、祭司ザカリヤとエリサベツの間に男の子が生まれました。二人は年老いて子どもがなかったのですが、神様の顧みによって子どもを授かり、ヨハネとつけられました。この命名も神様から出たことでした。後に、民に悔い改めのバプテスマを授け、ヘロデ王の悪事を糾弾し、イエス様にも洗礼を授けた人となる、バプテスマのヨハネです。

68-79節は、父ザカリヤの預言のことばであり、通称「ザカリヤの賛歌」と言われている箇所です。ここには、神がイスラエルの民を顧みてくださったこと(68)、神はあわれみ深い方であること(7278)、それゆえに闇の中にある人々に目を留めて罪を赦し、平和へと導いてくださる救い主が現れると告げています。

降誕物語は、目立たない普通の人たちに神様が目を留めてくださった物語とも言えます。ナザレにいる乙女マリヤに、御子の母となることが告げられました。恐れと当惑の中で、彼女は自分に目を留めてくださった神をたたえました(ルカ1:48)

「主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。」

妻の妊娠を知って思い悩むヨセフにも、恐れないでマリヤを迎えるよう声が掛けました(マタイ1:2021)。また変わり映えのない普通の日々を送っている羊飼いに御子の誕生を告げ、イスラエルからはるか離れた東方の博士には、星の運行を通して御子の誕生を告げたのでした。

自分を愛し、受け入れ、顧みてくれる人が側にいないと感じることほど、寂しいことはないでしょう。

しかし御子の誕生は、神様があなたを顧み、何もできない無力な者の傍らに救い主がいてくださるというグッドニュースなのです。

幼いときの高熱の後遺症で体の自由を失いながらも、希望を持って生涯を全うした‘瞬きの詩人’といわれる、水野源三さんがおられました。他の人々のように、賛美歌を歌ったりクリスマスカードを書くことはできなくとも、まぶたの裏にイエス様を見、救いの御子の誕生を神に賛美し、多くの詩を通して、小さな者を顧みてくださる神様の恵みを証ししておられるのです。

« 和やかな一日でした | トップページ | 待降節、第2週 »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: クリスマスほど寂しいものはないって本当??????:

« 和やかな一日でした | トップページ | 待降節、第2週 »