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2011年1月16日 (日)

空の空とは

2011.1.16(睦月) NO.311 

人の本分 伝道者の諸12:9-14

「武士の一分」は藤沢周平原作の小説を映画化したもので、なかなか面白い作品でした。やはりラストで、二人の武士が互いの一分を掛けて果たし合いに臨むところが良かったです。

伝道者の書は、聖書の中でも哲学的で難解な書と言えるでしょう。しかしこの書の言わんとしているところ、結論は明確に記されています。それがこの12章であり、特に13節であると思われます。

結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。 伝道者12:13

また本書に出てくる言葉で、特に日本人の心をとらえるのは「空」ということばでしょう。

1:2 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。

12:8 空の空。伝道者は言う。すべては空。

仏教の経典に「般若心経」があります。漢字で262文字のたいへん短いものなので、たとい意味はわからずとも口で唱えることができ、写経もよくなされています。その中でも「色即是空 空即是色」はよく知られています。ここでいう「空」と伝道者の言う「空」は、同じ意味なのでしょうか?牧師であり仏教大学でも学ばれた大和昌平先生は、それは違うと明確に述べておられます(「牧師が読みとく般若心経の謎」実業之日本社)。聖書は、神さまを知らない人生のむなしさを語り、創造主である神さまを知ることこそ、幸いな生涯であると説くのです

ビジネスの世界だけでなく、時間を守らない人は信頼されません。ですから私たちは時計を持ち、手帳でスケジュールを確認し、仕事や事業の段取りをします。物事をなすには、期限があることを知っているからです。しかし私たちは、自分の人生にも期限があることを本当に知っているでしょうか?詩篇90:12で学んだように、「私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。」と言わざるを得ないのです。

伝道者の書ではそのことを、老年になったり、体の自由がきかなくなる前に、神さまを知るようにと強く勧めています()。また、2-7節は、この世界の終わりのたとえと共に、人間の気力も体力も衰えることを自然の営みを例にして説いている箇所です。特に6節の「銀のひもは切れ、金の器は打ち砕かれ、水がめは泉のかたわらで砕かれ、滑車が井戸のそばでこわされる。」は、人の命がついに朽ち果てることを表していて、心に迫るものがあります。

このような有限な人間は、古今東西、あらゆる書物を調べ英知を求め、幸いを追求してきました(9-10)。しかし最も大切なことは、神の言葉に聞くことです。それは文字通り私たちの牧者であり(11-12)、神の言葉が人となったイエスキリストに聞き従うことに他なりません。

わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。ヨハネ10:14

人は自分の心を見つめ深めれば、幸いな生涯を送れると思います。そうではなく、造り主である神さまのみこころを求め、その神の言葉を聞いて歩んでいくことが、人としての本分なのです(13-14)

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