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2011年3月

2011年3月31日 (木)

サッドニュース

ついにハナちゃんが召されました。本日(3月31日)午前10時30分、スタッフミーティングの帰りを待っていたかのように、私が牧師館に着いたときに息を引き取りました。

ハナがどのようにして家に来るようになったかについては1月29日のブログに書きました。2月の下旬からめっきり弱ってしまい、教会の庭に置くようになりました。えさを与えると、どこからかカラスがやって来てえさを奪い取ります。それだけでなく、動きの鈍くなったハナを鋭いくちばしで突っつき、毛をむしるようになったのです。このときほど、カラスを憎いと思ったことはありません。それからは、家の玄関の中に入れました。えさも水も受け付けなくなり、次第に呼吸は弱くなり、ついに立つこともままならなくなりました。そして、静かに息を引き取っていったのです。

まるで、3年前に召された、私の母の最期を見る思いでした。

教会玄関に置かれたていたハナは、教会で息を引き取ったのです。主にすべてを委ね、これまでつきあってくれた年月に、思いを馳せました。天国で会えたら、また一緒に走ろうね。

2011年3月30日 (水)

がんばろう、宮城

宮城の友人のSさんから、救援物資を送って欲しいとの要請を受け、丘の上会堂に集う人たち、近所の農家の方が、物資とカンパを寄せてくださいました。27日の午後、宅急便で送り、28日にとどき、29日に避難所と老人介護施設に届けられました。

以下、友人からのお礼のメールからの抜粋です。

私が皆さんからの物資を届けているのは、気仙沼市唐桑町鮪立(しびたち)の避難所(家が流された200名ほどが避難中)及び気仙沼市松岩の自宅にいる1家族です。

鮪立の避難所には当初300人ほどが居たようですが、家に損害のない方々については食事時のみ避難所に来て、日中や夜間は自宅に帰られているとのことでした。

ここの物資は比較的豊富ですが、まだ電気水道が復旧していないため、小林兄からのヘッドライトを置いてきました。それとは別に、懐中電灯のための電池が必要と思われます。

鮮野菜は、「社会福祉法人キングスガーデン宮城」のキングスタウン(特別養護老人ホーム)に納めました。
鮮野菜は震災以来、食していないとのことで、大変感謝されました。

昨日、気仙沼聖書バプテスト教会で礼拝を守りましたが、そこには札幌から来られたOMFの先生方やボランティアの数人がおられました。

気仙沼教会が支援物資の1拠点となっており、たくさんの物資が届いていました。見た感じでは、衣類や毛布、トイレットペーパー等でした。歯ブラシや歯磨き粉、コップ、電池(単1.2.3)、ホッカイロ、があると良いです。

今必要とされているのは、物資もそうですが人的支援に移りつつあります。今日はKGKの学生たちが6~7人が二泊三日の予定で教会に来てくれるそうです。

半壊になった家や床上浸水した家の掃除、後片付けのためです。

そろそろ、生活再建に向けて動き出した所もあり、その方面の人的支援も必要なようです。まだまだ、電気水道が復旧しないところも多数あります。

幸いにして津波の直撃を逃れ、自宅で避難生活をしている方々には、物資も情報も届きにくいので、自分としては、今後は自宅避難民に焦点を当てた援助をしたいと思っています。

ガソリンは気仙沼市でも販売され始めましたが、どのスタンドも長蛇の列を作ってやっと入れています。でも、車は予想以上に多く走っています。気仙沼の経済が少しずつ動き出した様に思います。しかし、スーパーは開いていません。コンビニもです。ですから配給に頼らざるを得ません

これからも祈り続け、4月末には、実際に現地入りして奉仕ができるようにしたいと考えています。ご協力いただける方は、ご連絡ください。

気仙沼の様子(Sさんより)

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2011年3月27日 (日)

終末のサインとは

2011.3.27(弥生) NO.319 

頭を上げて ルカ21:25-36

先の大地震で被災された方のニュースが、毎日のように報じられています。いつ見ても、心が痛みます。そんな中で、避難所で家族や友人と再会し、行方のわからなかった人たちが無事であったことを喜んでいる場面を見ると、こちらまでうれしくなります。どんなに顔を落としていても、再開の時は互いに頭を上げて抱き合ってその喜びを表しているのです。

ご自分の最期の時を知られたイエスさまの顔は、しっかりとエルサレムに向けられていました。

 さて、天に上げられる日が近づいて来たころ、イエスは、エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐ向けられ ルカ9:51

そのエルサレムは、かつては麗しの都といわれるほどでしたが、イエスさまの目にはやがて滅ぼされる都として写っていました。先週学んだように、そのことを知っている主は、その都とのために泣かれたのでした。

エルサレムは、AD66年の第1次ユダヤ戦争、そして132年に勃発した第2次ユダヤ戦争によって破壊されました。皇帝ハドリアヌスによってこの町はローマ風の街並みとなり、ユダヤ人は他の国や地方に散らされて流浪の民となったのです。

都が崩壊するというイエスさまの預言は、このように歴史の中で成就しました。しかしその預言は、この世の終わりであり、新しい天と地が始まる、終末の預言でもあったのです。それは遠い未来のことなので、遠近法に基づいて書かれた絵のように、ぼやっとしていてはっきりとはわかりません。いつ世の終わりが来るか、だれにもわからないのです。

しかしイエスさまは、この世の終わりに起こる様々なことが、まさに世の終わりとイエスさまの再臨を指し示すしるし、サインであると告げられたのです。ルカ21だけで無く、マタイ24、テサロニケ人への手紙にも記されています。それは主イエスさまが、再び来られ、私たちをご自身の中に招き入れるときでもあるのです。それ故、自分の頭を上げて、神の国を見ることができるのです。それは、世の終わりに臨む信仰者の姿勢をも表しています。あなたは今、やがてその日が来ることを信じ、神の国を仰ぎ見ていますか?

その日を待つにあたっての、注意事項というべきものが記されています。世の終わりに臨む信仰者の心構えと言ってもいいでしょう。

まず第1は、惑わされないようにすることです(8)。今回の大地震や原発の事故を巡っても、偽りの情報に惑わされてはなりません。世の終わりに臨んで偽キリストや誤った風評に踊らされてはならないのです。第2は、山に逃げることです(21)。文字通りの高台であると共に、私たちの信仰を神様中心のものにするということです。第1のものを第1にすることこそ、祝福の源なのです。そして第3に、油断せずに祈っていることです(36)。祈りは、私たちに落ち着きを取り戻し、賢い判断を与え、進むべき道を指し示すものとなるのです。

この世界は、やがて滅びます。しかし、神の言葉は失われること無く、その言葉通りになるのです。そしてイエスキリストと再びあう時がやってくるのです。この希望があるので、私たちは頭を上げて進むことができるのです。

 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。

私の助けは、天地を造られた主から来る。  詩篇1212

2011年3月24日 (木)

大地震

3月11日に起こった大地震、それに伴う津波の被害は、人の思いをはるかに超えるものでした。さらに、福島第1原発のトラブルによる放射能汚染の恐怖。現地では懸命な復旧作業や、支援活動が行われていますが、その作業に関わっている人たちの安全が保たれ、支援の働きが実を結ぶよう、祈っております。

宮城県の栗原市に住んでいる友人から、援助物資を送って欲しいとのメールが昨晩届きました。早速他の友人や教会の人たちに告げて、何とかこれに応えたいと思っています。宅配便でも送れるようになりましたが、できれば駆けつけたいところです。ガソリンの携行缶が手に入らないため、果たしていけるのかどうかわかりません。

20日の礼拝では、「とおきくにや」聖歌397を礼拝で歌いました。関東大震災を経験し、その中でも主の十字架を仰ぎ見たJVマーチン先生の作詞作曲です。その2節に

水はあふれ 火は燃えて 死は 手広げ 待つ間にも

慰めもて 変わらざる 主の十字架は かがやけり

慰めもて ながために 慰めもて わがために

揺れ動く 地にたちて なお十字架は かがやけり

とありました。津波に襲われた人たちのことを思うと、涙無くして歌えませんでした。教会の中でも、身内の方でその被害に遭われた方があり、今なお行方不明です。

この大地震の深い意味はまだわかりませんが、私たちのできることを精一杯なしつつ、被災地にいる方々にふさわしい助けがあることを祈っています。

2011年3月20日 (日)

悲惨な町の姿を見て涙が出るのは

2011.3.20(弥生) NO.318 

献身への道 ルカ19:4148

今年は、西方教会の教会歴によれば、39日を灰の水曜日とよび、424日の復活祭までは、イエスキリストの苦難と復活を覚える受難節、レントの期間になっています。新年度は、使徒の働きから教会の営みを神様から教えられたいと願っていますが、そこに至る間、あらためて主イエスキリストの歩まれた道を心の巡礼としてたどって参ります。

これまで、イスラエルの歴史をとおして働かれる、主の救いのみ業を見て参りました。イザヤ書、エレミヤ書では、分裂した二つの国が苦しみを受け、ついにアッシリヤや新バビロニアといった国に滅ぼされていく歴史をたどりました。そこには、哀歌で歌われているように、滅ぼされていく民への悲しみ、哀悼、不信仰を嘆き悲しむ預言者がいたのです。

都エルサレムを目指すイエスさまは、このような歴史の背景をご存じであったに違いありません。そして弟子たちが神殿の美しさに感嘆するのを尻目に、やがて苦難の日がこの都を襲い、神殿も城壁も崩壊し、民が大いなる災難を受けることを預言しました。それは紀元70年のローマによるエルサレムが破壊され、ユダヤ人が国外に散らされるという出来事となって、成就していきます(マタイ24、ルカ21)。そのような中で、イエスは、都を見て泣かれたのでした。今回の大地震と、それに伴う津波の襲来や原発の事故によって、町や村が崩壊しました。遠く離れた私たちも、涙無くして見られないニュースとして配信されました。人の命が失われた!という衝撃と悲しさがあったからです。

私たちの主は、なぜ涙を流されたのでしょうか?それは、エルサレムの民が、神の訪れの時を知らず、自分勝手な生活をしていたからです(44)。まさに、我欲の奴隷となり神様を無視した人の姿があったからです。

人は時に、悲惨なことが起きると、罰があったととか、その人が何か悪いことをした報いを受けていると考えます。イエスさまはかつて、すばらしい奇跡が行われた町の民が悔い改めなかったことを責め(ルカ10:1316)、突然の事件や事故によって死んだ人たちが悪いのではないことを明らかにされました(13:15)。誰かが悪いのではない、このようなことを聞いた人自身が、神様の前に砕かれ、謙虚にされ、信仰を持つことが大切なことなのです。

「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」ルカ13:35

これは、現代の私たちこそが聞かなくてはならないイエスさまの言葉なのです。

エルサレムにある神殿は、祈りの家であるべきでした(イザヤ56:7)。神様を忘れた、形だけの礼拝が行われ、神殿は売り買いの場所となっていたのです。教会は今も祈りの家であり、地域社会にあってそこからでる様々な営みをもって人々に仕えているはずです。今回の大震災の中にあって、キリスト者も多くの援助者と共に、この視点で援助活動を展開しようとしています。

イエス様は、日々み言葉を語りました。それに対して、イエスを殺そうとする者があれば、熱心に耳を傾ける人もいたのです。

あなたはどちらでしょうか?イエスさまは、神様の言葉に従ってご自身を父なる神に委ねる、真の献身の道を歩まれたのです。その道は、私たちがたどる道でもあるのです。

「キリストは人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。」ピリピ2:6

2011年3月 6日 (日)

立って陶器師の家にくだれ

2011.3.6(弥生) NO.316 

主の手にある土塊 エレミヤ18:112

本日の箇所は、エレミヤが陶器師の家にくだって見た光景が、ユダに対する神様のメッセージとなっているところです。陶器師は神様ご自身であり、その手の中にある粘土、土塊はユダの人々です。ユダの人々とは、すなわち、私たちのことでもあるのです。

クリスチャン陶器師である椿巌三さんは、益子町の隣の茂木町で「ベウラ陶房」を開いています。何度もお邪魔させていただきましたが、神様の造られた自然の中で、3連の登り窯ですばらしい作品を生み出しておられます。その椿さんは、粘土には他にはない3つの特徴があるといわれました。第1は、自由に形を作れること、第2は作り直しができること、そして第3は、焼けば固まり、変質しないものになる、ということです。

エレミヤが見たのは、ロクロをひいて気に入ったものに作り直している陶器師でした。彼が作品を作り直すのは、できあがったものが気に入らず、さらにより良いものを作りたいためです。彼の思いを、何とかして表現しようとしている姿です(14)

陶器師が粘土、すなわち土塊ををその手で扱いまた作り直すのは、ユダの民が悔い改めて、神様に立ち返ることを表しています(51)

ユダの民、また私たちは、神様の御手の中にあります。人の営みは、創造主である神様のご支配にある、ということです。

この時代、北王国イスラエルがアッシリヤによって滅ぼされ、今南王国ユダもアッシリヤの脅威にさらされていました。国家的な苦しみがあったのですが、それは政治的な理由だけではありません。最も根本的なことは、ユダの人々が、真の神様に背き、神の言葉を聞かず、自分勝手に振る舞っていたからです。このまま行けば、ユダは他国によって滅ぼされてしまうことを、エレミヤは告げたのです。

神様のメッセージは、ユダの民が悪の道から遠ざかって、神様に立ち返るように、ということでした。それは、民が滅びの道から救い出されることを願う、神様の愛からでたことでした。ここに、民を顧みる神のあわれみと、ご自身に立ち返らないものは滅んでしまうという厳しさがあります。

見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです。

ローマ11:22

しかしユダの人たちの心は頑なでした。自分勝手な道を進んでいったのです(12)。これは今の私たちの心と同じかもしれません。

粘土は、奥深い地中から陶器師によって掘り出され、砕かれ、形を作られ、そして火で焼かれて人々の目に触れる作品となるのです。神様は私たちを罪の中から救い出し、神様の作品として新たに私たちを造り変えることがおできになるのです。

神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。コロサイ1:13

陶器師である神様の御手にあるとは、私たちが砕かれて、キリストの姿に似たものとさせられていくことに他なりません。

私の子どもたちよ。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。ガラテヤ4:19

ついにユダは滅びたが

2011.3.13(弥生) NO.317 

春日部福音自由教会 山田豊

尽きない主のあわれみ 哀歌3:2224

マグニチュード8.8という、巨大な地震が日本列島を襲いました。ニュースを見るたびにその被害が広がり、未だに余震が続き、心が痛む日々が続いています。状況が正しく把握され、速やかな救出と復興を祈っています。

哀歌が書かれた時代は、エルサレムが陥落し、ユダの国がバビロニア帝国によって滅ばされてから間もないときであると、考えることができます。内容は、ユダの人たちの現状を痛み悲しみ、民が悔い改めて、真の神様に立ち返ることを願う哀悼の歌となっています。

本書は、ヘブル語のアルファベット歌であり、3章は各アルファベットで始まる言葉が、3行ずつになっている箇所です。

22節の始めの言葉は、ヘセド(恵み、いつくしみ)です。神様の恵み故に、国家滅亡の中にあっても生きることのできた人たちがいました。神様のあわれみがあったのです。今回の大地震でも、文字通り九死に一生を得た方がおられたことでしょう。これは軽々にいってはならないのですが、神様のあわれみの故ではなかったでしょうか。あわれみという言葉は、「胎、子宮」から来ています。旧約聖書には

ヨセフは弟なつかしさに胸が熱くなり、泣きたくなって、急いで奥の部屋にはいって行って、そこで泣いた。創世記43:30

とあります。また、イエスさまの心を表すのに

また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。マタイ9:36

は、よく知られたみ言葉でしょう。哀歌の著者は、このようなあわれみの心で、神様の恵みのあることをみていたのです。

23節の始めの言葉は、ハダシュ(新しい)です。神様の恵みやあわれみは、常に新鮮なのです。日々、私たちが新しい思いをもって神様と交わるとき、それは私たちの力となるのです。

24節の初めの言葉は、ヘレグ(分け前、受ける分)です。物ではなく、神様ご自身が私たちの受け取ることのできる分なのです。それゆえ、どのような困難なときであっても、主を待ち望むことの幸いがあるのです。受験や就活、婚活など将来の夢を追っている人たちにとって、神様ご自身こそが、私たちの受ける分であることを覚えたいのです。

私たちの主は、ご自分の最後近づいたのを知ったとき、エルサレムを見て悲しみ、涙を流され、やがて起こるべき荒廃を預言されたのです。

エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて・・・ルカ19:41

しかしこれは、滅亡のことだけではありません。イエスさま自身が苦しみを受けて、十字架でその命を落とされるのですが、三日目によみがえり、天に帰られたのです。苦難の中にも、やがて回復されるという希望があるというがあるのです。主の働きを思い起こし、恵みに感謝するとき、主のいつくしみは尽きないことを、体験することができるのです。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。ローマ8:28

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