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2011年3月24日 (木)

大地震

3月11日に起こった大地震、それに伴う津波の被害は、人の思いをはるかに超えるものでした。さらに、福島第1原発のトラブルによる放射能汚染の恐怖。現地では懸命な復旧作業や、支援活動が行われていますが、その作業に関わっている人たちの安全が保たれ、支援の働きが実を結ぶよう、祈っております。

宮城県の栗原市に住んでいる友人から、援助物資を送って欲しいとのメールが昨晩届きました。早速他の友人や教会の人たちに告げて、何とかこれに応えたいと思っています。宅配便でも送れるようになりましたが、できれば駆けつけたいところです。ガソリンの携行缶が手に入らないため、果たしていけるのかどうかわかりません。

20日の礼拝では、「とおきくにや」聖歌397を礼拝で歌いました。関東大震災を経験し、その中でも主の十字架を仰ぎ見たJVマーチン先生の作詞作曲です。その2節に

水はあふれ 火は燃えて 死は 手広げ 待つ間にも

慰めもて 変わらざる 主の十字架は かがやけり

慰めもて ながために 慰めもて わがために

揺れ動く 地にたちて なお十字架は かがやけり

とありました。津波に襲われた人たちのことを思うと、涙無くして歌えませんでした。教会の中でも、身内の方でその被害に遭われた方があり、今なお行方不明です。

この大地震の深い意味はまだわかりませんが、私たちのできることを精一杯なしつつ、被災地にいる方々にふさわしい助けがあることを祈っています。

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