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2011年5月15日 (日)

死んでもなお生きる

2011.5.15(皐月) NO.324 

キリストに生かされて 使徒1:15

本日から「使徒の働き」を開いて参ります。著者は、ルカの福音書を書いたルカであり、その献呈先はテオピロという人であり、キリスト者であったローマの高官と思われます。使徒の働きは教会が生まれて、地中海社会に福音が伝えられていった様子が描かれています。歴史の書と言えるでしょう。

聖書全体は歴史の書であり、預言、詩の書物です。それと共に、私たちの日々の生活や死んでからもなお続く永遠の命について記した書です。これを自分のものとするとき、私たちは生きる者とされるのです。

私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。1ヨハネ5:13

イエスは十字に掛けられ、死なれ、そして墓に葬られました。しかしそれで終わりではなく、よみがえられました。復活されたのです!その後イエスは40日間弟子たちにご自分が生きていることを数々証しされ、イエスを信じる者は救われるという神の国の福音を宣べ伝えられました。復活は、私たちには信じがたいことですが、この当時はよみがえられたイエスを見た人たちが大勢おり、そのときに聖書は書かれたのですから、イエスの復活が歴史の事実であったことを認めざるを得ないでしょう。

その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。

1コリント15:6

イエスキリストは生きておられるのです(3)。使徒の働きは、イエスがよみがえられことの証言集であり、命を賭けてイエスの復活を宣べ伝えた人たちの物語です。それ故に、ペテロやパウロなど弟子たちは、地上だけのことではなく天国を望む生き方であったことがわかります。

元キャンディーズの田中好子さんは、「私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると、負けてしまうかもしれません。でも、そのときは、必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。」とメッセージを残しました。その実現は、イエスキリストの十字架と復活にかかっているのです。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。1コリント15:20

キリストが生きていることを信じている者は、どのような困難の中でもその方によって生かされ、死ぬことがあってもなお益であると知っている者なのです。

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。ガラテヤ2:20

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