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2011年5月 1日 (日)

主イエスキリストはよみがえられた!

2011.5.1(皐月) NO.322 

復活の証人 ルカ24:44-49

今年の復活祭は、東日本大震災のことを覚え、被災された教会支援のために献金を捧げるということでその規模を縮小し、中央会堂と教会前通りでの開催となりました。受難週をとおしてなされた早朝の礼拝、そして24日の復活祭礼拝で、復活の証人として立つことを改めて主の前に祈らされ、私にとっては再献身の時となりました。皆様は、いかがでしたでしょうか?

イエスキリストの生涯は、まことにユニークな生涯でした。その誕生は聖霊によるものであり、処女マリアから罪のない人としてのものでした。公生涯の最後は、十字架につけられて殺されるという悲惨なものでした。それは単なる犠牲の死というのではなく、全人類の罪をその身に負い、神の赦しを得る購いの死だったのです。十字架から取り下ろされた後墓に葬られましたが、3日目によみがえって弟子たちに現れ、天に挙げられたのでした。キリスト者とは、このようなイエスさまの生涯(ストーリー)を語り伝えるものであり、特に、復活の証人として全世界に派遣されている者と言っていいでしょう。

イエスキリストの生涯は、救い主について書かれている聖書の成就です(44)。そのことがわかるのは、聖書を読む者が心を開かれているときです。私たちの心が開かれ、みことばを受け入れる備えができているでしょうか。このとき、弟子たちは人々を恐れ、復活が信じられず、不信仰と失意の中にありました。イエスはそんな弟子たちの心を開かせて、改めてご自分の生涯、特に復活を語られました(45-46)。十字架の死と復活は、人々を罪から救うすばらしいニュースです。これが福音(グッドニュース)です。この福音は、弟子たちが今いるところの、エルサレムから宣べ伝えれるビッグニュースでもあるのです(47)。またイエスは、彼らが復活の証人となり、そのための力が与えられるまでしばらく都エルサレムにとどまっているようにとも言われました(48-49)

私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、1コリント15:1314

復活の証人とは、イエスキリストの復活の目撃者のことです。弟子たちは、よみがえられたイエスを見ることができました。また食事を共にしたり、会話をしたりと親しい交わりをもつことができました。まるでイエスさまにふれているような時をもったのです。

初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、1ヨハネ1:1

しかし私たちには、そのような経験がありません。当時の弟子たちより、復活の証人として立つことが難しいと思います。あの疑り深いトマスが信仰を回復したという物語は、現代に生きる私たちに、イエスを見ずに信じる者こそが復活の証人であることを証ししているのです。

ドナルドキーン氏は、大きな地震があったために米国籍を捨てて日本人になると言われました。それは、氏が日本を心から愛している証しです。神様は、ご自分の位を捨てて私たちと同じ人となってくださったのです。この真に仕える姿こそが、復活の証人としてこの地に生きることの模範に他なりません。

神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。使徒2:32

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