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2011年6月

2011年6月28日 (火)

三俣慕情~息子編

今週の月、火と、お休みをいただき、新潟の実家に帰ってきました。父の具合を尋ね、その介護で入院してしまった弟のお嫁さんを慰める為でした。幸い、二人とも元気になっていて、何よりでした。

父はすでに90を越えておりますので、次第に弱ってきているのはやむを得ないこと。母を偲んで、二人が好きだった聖歌「主にすがる我を」を共に歌い、祈りを捧げることができました。なによりも、お嫁さんの助けがなければ、ここまで生かされなかったわけで、感謝しても、感謝が尽きることはありません。

帰り道、母の母(つまり私の母方の祖母)の実家を尋ねました。現在は妙高市三ツ俣とい地名で、田んぼと山間には緑ゆたかな森の広がる静かな集落です。私の子ども時代、母に連れられて夏休みの度に弟と一緒に過ごした場所です。そして、母自身が子どもの頃、直ぐ下の弟(つまり私の叔父)といっしょに夏休みを過ごした、思い出がしみこんだ所です。

このお話は、以前母が「三俣慕情」と題して書いております。そこにあるとおり、そして私の記憶にあるとおりの家がありました。しかし、「もう少し大きな家ではなかったか、こんなに小さな池だったのだろうか?」これが子ども時代の思い出とのギャップですね。

上の方には、いとこたちと一緒に泳いだ川がありましたが、残念ながら乾いたのどを潤した清水は、その流れが止まっておりました。

日本の原風景、いや、私の原風景の一つです。

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2011年6月26日 (日)

私にあるものとは?

2011.6.26(水無月) NO.327

イエスの物語 使徒3:110

先月、西荻窪の音楽ホールで、天田繋先生作品を中心とした曲を歌うコンサートがありました。演奏会の最後は、「キリストの愛我に迫れり」を会衆と出演者共々に歌い、感動をもってコンサートは閉じられました。

この賛美歌は、ちょうど40年前(1971)に歌詞が生まれ、翌年の共立学院卒業式で女声合唱として歌われて、多くの人が知ることとなりました。しばらく前に、この「キリストの愛我に迫れり」の誕生秘話が収録された雑誌を読む機会がありました。そこには、作詞の山口先生、作曲の天田先生の神様に導かれた物語が掲載されており、改めてこの賛美歌のもつ証しの力に胸が熱くなりました。

エルサレムに生まれた教会は、聖霊によって生み出された新しい交わりでしたが、当時のユダヤ人の習慣の中で礼拝を持っていました。ペテロとヨハネはユダヤ人として午後3時の祈りの時間に神殿に上りましたが、この時間こそ主イエスキリストが十字架で息を引き取られた時でした。十字架を思って、祈りを捧げたことでしょう。何かを記念して時間を定めて祈ることは、良い習慣であると思います。

「美しの門」と呼ばれたところに、生まれたときから足の不自由な人がおり、彼らに施しを求めました。彼は40才ほどで(4:22)、長い間辛い生活を強いられていました。ペテロとヨハネがしっかりと目を留めてくれたので、何か施しものをもらえるものと思ったことでしょう。しかしペテロは「金銀は私にはない。」と言いました。彼はがっかりしたかもしれません。しかし次に「私にあるものをあげよう。ナザレのイエスキリストの名によって歩きなさい!」と言ったのです。そして彼の手を取ると、本当にこの男は立ち上がり、歩き出し、飛び跳ね、神を賛美して二人についていったのです。原文では、分詞形が使われ、この男性がいかに喜んだかが活き活きと描かれています。

この出来事に続いて、ペテロは五旬節の日のように説教を致します。彼がこのようにいやされたのは、イエスを信じる信仰の故であることを人々に告げました(16)。イエスの御名こそ、ペテロが持っているものだったのです。

病や災害によって困っている人たちには、そこから回復されるために、医療や救援物資などが必要です。アフターケアも、当然必要です。しかし人が本当にいやされ生かされるのは、悔い改めてイエスを信じ、神を賛美する生活に入れられることです。そのために、私たちの持っているものをその人たちに分かち合うことです。私たちは、今何を持っているでしょうか?それは、イエスキリストがあなたにしてくれた救いの物語(ストーリー)、証しです。それは自分に起こった本当の出来事ですから、力があるのです。

ペテロが言うように、自分の力とか信仰深さによらないのです(12)。私たちの中にあるキリストの物語が、あなたの近くにいる人を立たせることができるのです。

私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。 2コリント4:7

2011年6月24日 (金)

雨上がり

沖縄では梅雨が明け、北海道には梅雨がないという・・・・。しかし、関東地方は梅雨のまっただ中。雨の降り続く日があれば、突然の夕立で立ち往生してしまう日もありました。

そんな雨の上がった丘の上の庭でのスナップです。

一羽の蛾が、三つ叉の枝に、雨に打たれた羽をいたわるかのようにとまっていました。おなかを出していますが、下から覗くと、きれいな表が見えました。

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その横には、ホタル袋が咲いています。そうだ、ホタルを見に行こう!今年も暑い夏がやって来ましたね。

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2011年6月12日 (日)

教会の誕生

2011.6.12(水無月) NO.326

聖霊によるコイノニア 使徒2:4047

本日は、教会歴による「聖霊降臨日」です。五旬節、七週の祭りと言われた日でイスラエルでは今日もその祭りが行われていますが、キリスト者にとっては約束の聖霊が臨み、エルサレムに教会が生まれたことを記念する日となっています。ペテロの説教をとおして心を刺された人が悔い改め、水のバプテスマを受け、「3000人ほどが弟子に加えられた」からです。

この箇所のキーワードは、交わり(42)という言葉です。ギリシャ語ではコイノニアといい、当教会の月報のタイトルになっています。ユダヤ人はそれぞれの地域で共同体を作り、会堂を持ち、エルサレムでは神殿礼拝が行われていました。散らされたユダヤ人(ディアスポラ)もそれぞれの国で集まりを持っていました。しかしここに、聖霊によって生み出され、イエスキリストを中心とする新しい共同体が生まれたのです。それが教会であり、キリストを信じる者の神の家族とも言える結びつきが誕生したのです。これを、教会と言っていいと思います。

聖霊によるコイノニア、すなわち、新しく生まれた共同体である教会、ここに加えられた人たち(キリスト者)は、次のような特徴を持っています。これは私たちがキリストの弟子として成長していく大切な事柄とも言えます。

みことばを受け入れた交わりです。「曲がった時代」と言われる罪の世から救われるのは、イエスキリストの十字架を信じる信仰による神様の恵みのみわざです。教会はイエスキリストのおられる交わりであり、その中心は聖書です。

「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。 1ペテロ1:2425

この交わりに入れられた人はバプテスマを受け、地域ごとの教会に加えられ、キリストの弟子(キリストにつくもの)としての新しい歩みが始まるのです。ポストモダンの時代においては、だれもが繋がりをもとめ、何かに所属していたいと願っています。聖霊によるコイノニアこそ、救いと平安をもたらす共同体なのです。その交わりにはみことばを中心とした礼拝があり、今日では聖餐式といわれる礼典である、パンを裂くことによってキリストを覚える営みがありました。この交わりに加えられた人たちをはぐくむのは、聖書祈りです。どんなに忙しい日々でも、聖書を読み黙想し、祈りの時間を取ることは、私たちの霊的成熟に欠かすことができません。どんなに活動があっても、これが無くては教会とは言えません。このような人たちはささげものやもののやりとりによって互いの交わりを支えました。これこそが、コイノニアと言う言葉を実際に表すことでした。そして日々救われる人々が仲間に加えられたのです。信者たちが復活の証人として、周りの人たちにも好意を持たれる生活を送っていたからです。

こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら ピリピ2:1

迫害の中で生まれたピリピの教会もまた、聖霊のコイノニアがあったのです。

2011年6月 6日 (月)

心の開拓

今こそ!人づくりの原点を!

「北海道の開拓に行くのではない。心の開拓に行くのだ。」と、家庭と学校が一つになった感化院、北海道家庭学校を開いた日本の福祉の先駆けのひとり、留岡幸助物語。

映画会は7月3日です。「おしらせ」をご覧くださいね!

2011年6月 5日 (日)

ペテロの説教

2011.6.5(水無月) NO.325 

復活の証人として立つ 使徒2:2939

イエスの約束の通り、五旬節の日に集まっていた弟子たちに聖霊がくだり、彼らは聖霊に満たされ、神のみわざを語りました。散らされていた国や地方から集まっていた人たちは大いに驚き当惑し、あざける者もありました。そのような中でペテロは11人と共に立って、はっきりと神様のメッセージを伝えました(1436)

それは説教とも言えるもので、明らかに聖書を知っている背景を持つ散らされたユダヤ人がわかる内容でした。弟子たちが語っているのは、葡萄酒に酔っているのでは無く、ヨエルの預言の成就であり、その中心は「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」ことです。離散のユダヤ人ほど、神による救いを求めていた民はないでしょう。

その救い主であるイエスは十字架に掛けられ、死んで葬られましたがよみがえり、私たちをも死の苦しみから解放してくださる方です。これは、ユダヤ人ならだれでも知っているかのダビデ王も認めていたことであることを、旧約聖書からの引用によって語りました(2535)。もしも、ダビデの語ったことを信じないとしたら、そのような人はダビデの子孫とは言えず、神に逆らう者になってしまいます。

さらに、イエス十字架につけたのはあなた方である!と、はっきりと回心を迫ったのです(36)。在りし日の本田弘慈先生の伝道説教を思わせる語り口だったかもしれません。しかしながら、イエスを十字架につけたのは、民族としてのユダヤ人だけでは無く、神の前に罪を犯した私たち全ての人間なのです。

すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ローマ3:23

この言葉を聞いた人たちは心を刺され、悔い改めてバプテスマを受けました。そして、エルサレムに最初の教会が誕生したのでした(3741)

ペテロはこの説教の中で、「私たちはキリストの復活の証人である」と言いました(32)。すなわち、イエスキリストの十字架の死と、よみがえられたイエスをはっきりと見、そのイエスによって生かされている者であることを、宣言したのです。

たしかに、イエスさまの地上の生涯は、昇天をもって終えました。今の私たちには、ペテロたちのようにイエスさまを見ることはできません。しかし、このイエスさまのと共にいることを信じるとき、死の苦しみにある私たちもまた、イエスによって生かされていることを知るのです。これもまた、ダビデによって語られたことでした(詩篇23)

先月21日に納骨式が持たれました。81才で召されたYさんは「神様が一緒にいてくれる」と言って息を引き取りました。復活の証人として立とうとした弟子に与えたイエスの最後の言葉は、私たちの生涯の最後につながるのです。

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」マタイ28:1920

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