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2011年7月17日 (日)

しっかりとしたいあなたへ

2011.7.17(文月) NO.330

確信をもって立つ 使徒4:13-22

今の時代は「ポストモダン」の時代といわれます。この時代の特徴の一つは、多様性を認め、絶対的な基準を認めるのを拒むことがあると思います。確かに私たちの世界にはいろいろな異なる考えや価値基準があるのですが、しっかりと寄り頼むものが無いので、絶えず不安を抱えるということが起こります。

本日の箇所は、初代教会が経験した最初の迫害と言える場面です。ペテロとヨハネが捕らえられ、「あの名によって語ってはならない」と命じられたのです。いわば、信教と言論の自由が抑圧された出来事と言っていいでしょう。豊臣秀吉とその後の徳川時代に、キリスト者は迫害を受けました。太平洋戦争中は国家によって宗教がまとめられ、天皇を現人神とする国家神道以外の信仰の自由は認められませんでした。今日では考えられないようなことが、起きたのです。

しかし捕らえられたにもかかわらず、ペテロとヨハネは大胆に立ち(13)、かえって福音を明確に語ったのでした(20)。彼らのこのような確信を持った大胆な行動は、どこから出てきたのでしょうか?

二人には、救いはイエスキリストによる以外無いという確信がありました(12)。この救いという言葉は、22節の「癒やされた」という言葉と同じです。確かに、病気が治ることは、その人にとって救いとなります。しかし聖書で言う救いは、神様によって罪が赦され、人間の最も中心的なことである神様との関わりが回復され、神に造られた人としての歩みをすることです。宗教としてキリスト教が一番優れているというのではなく、人間の罪からの救いは、イエスキリストによって成し遂げられるということなのです。

また二人は、自分たちの生きる基準を持っていました。従うべきルールを確立していたのです。それは、人に従うのでは無く神に従うというルールです(19)。これは、今年度のみ言葉に通じるものです(使徒5:29)。確かに私たちは、この世の権威に従い、社会のルールを守ることは大切です(ローマ13:1)

人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。ローマ13:1

しかし、人の良心がこの世の権威によって蹂躙されるとき、その社会は不幸な社会となります。どのような困難の中でも、神様に従うことをやめることはできません。イエスさまこそが、私たちを生かし命を与えてくださったからです。

このような二人を支える主にある仲間がいました(23)。大勢の主にある兄弟姉妹が彼らのために祈り、ささえ、一緒になってイエスの御名を大胆に語っていったのです(2931)。迫害の時代にも、信仰者を支える交わりがあったのです。主にある交わりが、一人では弱い者を立たせてくれるのです。

神様のくださる確信に立って、この時代の証し人として、今週も歩むことができますように。

ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。ヘブル10:35

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