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2011年8月

2011年8月29日 (月)

うわ~、そうめんが・・・・・

夏休み最後の土曜日、丘の上LSC恒例の「納涼お楽しみ会」を行いました。

今年の目玉は、流しそうめん!参加してくれた子ども達だけでなく、親御さんたちも皆さん初めてのことでした。「聞いたことはあっても、本当にできるんですね!」と、Yさん。チャペルタイムのあと、復活の庭で、実施。ご近所からいただいた、モウソウ竹を割った「流し台」を脚立に4本連結して、ゆであがったそうめんを投入。うまい具合に流れて、歓声が上がりました。

参加者のお母さんたちもお手伝いしてくださり、感謝でした。

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そのあとは、かき氷と焼きマシュマロでお腹の調整。前日からの雨で、すっかり納涼になっていたので、楽しく快適な夕方を過ごしました。

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2011年8月28日 (日)

人に従うより、神に従うべきです

2011.8.28(葉月) NO.334

神から出たものか 使徒5:25-32

だれでも、身体にあるキズや弱さは隠したいものです。けれども、そのようなことの中に、神のみわざを見ることがあるのです。

キリスト教会の使命は、福音を宣べ伝える伝えることです。今年の敗戦記念礼拝においても、平和の福音を宣べ伝えることがキリスト者の使命であることを私たちの平和表明として署名致しました。

使徒の働きには、この福音を宣べ伝えることによって迫害を受けた記事が記されています。3章には、神殿に寝かされていた足の不自由な男の人を癒やしたことがきっかけとなって、ペテロとヨハネが留置されるという出来事が記されており、最初の迫害と言える事件でした。それからしばらくの時が経て、また使徒たちが捕らえられました。それは「妬み」から出たことでした(5:17)。いつの時代にも、このような心の中の秘められたことは、破壊をもたらします。ところが、獄舎に捕らえられた使徒たちは、超自然的な仕方でそこから出ることができ(5:19)、みことばを宣べ伝え続けたのです。あくまでも、自らの使命を全うしようとしていました。

彼らは再び捕らえられたのですが、ペテロは他の使徒たちと共に議会ではっきりと語りました。

「人に従うより、神に従うべきです」と。これは以前、足の不自由な男の癒やしに関連して捕らえられたときと、同じ態度でした(4:19)。この従うという言葉は、上に立つ権威に服従するという意味があります。当時、議会が決めたこと、祭司たちが言う言葉は、神の言葉と同じような意味合いがあり、それに従うことは神に従うことを意味しました。このような状況の中で、議会や再市長たちの決定を人の決めたこととし、自分たちのしていることこそ神に従うことであるということは、たいへんなことでした。この信仰の告白の故に迫害を受け、命を取られた人たちは、2000年の歴史の中で実に多くいたのです。私たちの国においても、それは同様です。人に従うのではなく、神に従うということは、全てのキリスト者の生活原理なのです。

使徒たちがこのような困難な事態に直面したとき、ガマリエルという人が立ち上がり、慎重に事を運ぶよう提言しました。議員たちに向かって、神から出たものか、人から出たものか良く吟味するようにと、言ったのです。すなわち、使徒たちのしていることが神のみこころにかなうものであれば、それを否定する議会の人たちこそが、神に逆らう者となってしまうことを警告したのです。彼らを釈放し、しばらく様子を見るようにという提案をしたのでした。

ペテロたちは、鞭を打たれて釈放されました。執り成しがあったとはいえ、キズを負ったのです。しかしそのキズは、イエスのためのものであり、彼らのしたことは神から出たことであるという、しるしでもあったのです。

これからは、だれも私を煩わさないようにしてください。私は、この身に、イエスの焼き印を帯びているのですから。 ガラテヤ6:1

2011年8月26日 (金)

がんばれ、我らの市民ランナー 夕子!

この暑い中、黙々と走っているランナーの方を見かけます。走る姿勢もシャツも靴もバチッと決めて走っているおじさん(?)ランナー、後ろに結んだ黒髪をなびかせて颯爽と走っている女子ランナー、あくまでマイペースといった感じで走っている方など、それぞれの姿を見させていただくのも、楽しいものがあります。

で、私はといえば、数日前右足の小指を思いっきり柱にぶつけてしまい、ちょっと走れない状況で、トホホな日々を過ごしております。

そんな中で、我らの市民ランナーこと、夕子・Iさんは100キロメートルウルトラマラソンオランダ大会に出場します。昨年は、女子団体3位という立派な成績でしたが、本人としては不本意なレースとなったそうなので、今回はいわば、リベンジを掛けた大会になるわけですね。レースは9月10日、場所はオランダのウィンショーテンです。

なお神宮外苑チャレンジ24時間にも出走予定で、2連覇がかかっています。こちらは、短時間でも応援に行きたいと思います。レースは、10月15~16日、スタートは15日の午前10時です。

両大会とも、リンクを貼りましたので、ご覧ください。そしてエールを送りましょう!

2011年8月21日 (日)

常にみことばを語るとは

2011.8.21(葉月) 武里 

みことばを語る 使徒4:2337

私たちがあることのために一つとされるとき、大きな力を発揮できることは、経験的にも知っていることです。しかしながら、何のために一つとなっているか、何に向かっているのかということは、良く吟味されなくてはいけません。時に人は神様に逆らうために一つとなることがあるのです(26b)

エルサレムに生まれた教会は、みことばを語る群れでした(29)。何度も監獄に捕らえられたパウロも、苦しみの中で祈りの要請をしましたが、それはみことばを語ることでした(ピリピ1:20)。みことばを語る、宣教こそが教会の使命であり、ミッションなのです。

それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。

それは実際にはどのようなことでしょうか。

みことばを語るとは、一人一人のキリスト者が、自分の救いの物語を語ることです。人の救いこそ、全てに勝る「しるしと不思議なわざ」でしょう。ポストモダンの時代にあって、あなたがご自分の救いの物語を用意することが、証しの第一歩となるのです(1ペテロ3:15)

むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。

みことばを語るとは、造り主である神を賛美することです。神様は、天と地と海とその中にある全てのものを造られた創造主です。その方が人として来られ、私たちに救いのみわざを成し遂げくださいました。しかし、この世の人たちはそのことを知らず、また受け入れず、かえって神様に反抗してキリストを十字架につけて殺してしまったのです(25-28)。どのような中でも、造り主を覚え、この方に目を向けて賛美することは、私たちを再び立たせる力となります。

みことばを語るとは、交わりにおいて神様の栄光を表すことです。それは互いに助け合う交わりであり、心を一つにして祈る交わりです。これは教会が誕生する前から見られた、弟子たちの営みでした(使徒1:14)。確かに、キリスト者が二人、三人と集うところに、主はいてくださいます。互いに尊敬し信じ合うことができなければ、一つになって祈ることは難しいのではないでしょうか。共に集って祈ることを大切にする教会の交わりを、さらに深めていきたいものです。

キャンプ場には、野のユリがたくさん咲いていました。地を耕し、福音の種をまき、そして救いのみが結ばれることを語りかけているようでした。

Yuri

2テモテ4:

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。

2011年8月14日 (日)

平和ツアー 第4日

8月11日は、震災から5ヶ月の節目の時、その日はツアーの最終日でした。午前中にキャンプ場を出て、気仙沼市、南三陸町を南下して、石巻に入り、そこから東北道経由で春日部に戻ってきました。

南三陸町のリアス式海岸にある湾ごとの集落は、津波によるのでしょう、ほとんど跡形もなくなっていました。そしてボランティの姿は見当たらず、炎天下重機を動かす人たちが黙々とがれきの撤去など、復旧作業をしておられました。休憩地点を探そうとカーナビを頼りに南下していくわけですが、あるはずのコンビニがありません。一軒も見つからないのです。しかしついにセブンを発見!ついこの間の5日にオープンしたというコンビニ(志津川天王前店)がありました。その場所に、かつての店舗があったのでしょう。土台しか残っていません。しかしそこにプレハブの店を建て、傍らに簡易トイレが置かれただけの店なのですが、私たちには、「希望のセブン」に見えました。続々と車が入ってきましたが、その中の宮城ナンバーの軽トラに乗っていたお年寄りのTシャツには「下ばかり向いてないで、上を向いて歩こう」とのプリントがありました。ここに、がんばっている被災地の方がおられたのです。

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北上川を上り、落ちて通行止めとなっている橋を迂回して、石巻市に入りました。その中州には、石巻ハリストス教会がありました。初日に見た教会と、同じロシア正教の教会堂です。その前には、漫画家石ノ森章太郎の漫画館がありました。しかし、この2棟の建物は津波の被害を受け、どちらも中に入ることはできません。特にこの教会は、文化遺産として宮城県沖地震の後、これを守るために移築された教会です。2度も地震の被害に遭遇してしまったわけです。それでもなお、ここに教会がある。神様のみ言葉が宣べ伝えられていく証しを見た思いでした。

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夕方、無事に春日部に到着。長旅の運転をしてくれた、小野先生、新井さん、大島さん、本当にお疲れ様でした。今回いっしょに行った仲間とは、絆が深まったようです。今回のツアーをいかに自分のものとして捕らえ、他の人に分かち合っていくか、重い課題を与えれました。しかし、室根山から見た、雲の切れ目から差し込む太陽の光のように、困難の中に差し込む希望の光があります。それは、共に行った若者たちです。彼らがこの現実を受け止め、若い力で立ち向かっていくとき、復興は必ずなることでしょう。

平和の祈り

8月14日、本日は、敗戦記念礼拝です。先の戦争に日本は負けた、この認識から悔い改めが起こり、平和を作るものとされると思います。

アッシジの聖フランチェスコの祈り

ああ主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
争いのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りのあるところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
悲しみのあるところに喜びを、
闇のあるところに光をもたらすことができますように。
ああ主よ、わたしに、
慰められるよりも、慰めることを、
理解されるよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを求めさせてください。
わたしたちは与えるので受け、
ゆるすのでゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。
                        アーメン

2011年8月13日 (土)

平和ツアー第3日

三日目の朝は、昨日よりも天気が良く、空気が澄んでいました。室根山頂からは、昨日よりもくっきりと回りが見渡せ、東に見える気仙沼市にいよいよ出発です。

訪問先は、4月29日のブログにも書いた、あの十字架の立っている気仙沼第一聖書教会です。10:30からの祈祷会に出席させていただきました。会場は、教会員の方が経営されている印刷所の半分を集会室としたところで、我々が入ったためにいっぱいになってしまいました。社長さんであるAさんご夫妻は、娘さんを訪ねて海外におられたので被災することはありませんでしたが、一週間して帰ってきて見た気仙沼、そして会社の様子はまことに悲惨なものだったそうです。祈祷会の中で、教会員の方の証しを伺いましたが、身内を亡くされ、家を失い、仕事もない方々の証しに、目頭が熱くなりました。

午後からは、気仙沼市の南にある中学校の校庭に作られた仮設住宅に、乾麺、ティッシュペーパー、缶詰などを入れ、そしてトラクトを入れた袋をもって訪問に出かけました。多くの方が丁寧に受け取ってくださり、「遠いところから来てくださってありがとう」と、かえってねぎらいの言葉を掛けられてしまいました。暑い夏、エアコンが入っているとはいえ、この住宅を出てきちんとした住まいに入れる日が一日でも早く来るよう、祈りました。Dscf4327

私は菅原さんの奥様の実家を尋ね、お茶を差し上げて帰って参りました。するとそこに、見慣れた顔が・・・。国際飢餓対策機構の清家さんが大阪の教員グDscf4346ループの皆さんを率いて援助物資を届けに来たところでした。彼は、地震発生直後から被災地に入り、今は単身で、救援活動に当たっています。お互いに「どうしてここにいるの?」と声を掛け合ってしまいましたが、これが不思議なところです。

嶺岸先生によれば、教会は今、救援物資の集積所にもなっているとのこと。しかし特別に打ち合わせるわけではなく、今日のように配布して物資がなくなると誰かが持って来てくれる、配布のお手伝いの人が来てくれる、このようなことの繰り返しでいつも必要が満たされている、というのです。ここに不思議があります。神様が、それぞれの人を動かして、必要なものを送ってくださっているのです。その反面、先生ご夫妻にはお休みがないわけですから、たまには救援物資が入ってこない方が、休息になっていいのではないかと思いました。

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暑さのきびしい日でしたが、被災地を歩き、同じ志を持った方と出会えた気持ちの良い一日となりました。気仙沼湾に最近オープンしたばかりのお店で「海鮮丼」を食べ、銭湯で汗を落として、キャンプ場に帰りました。

平和ツアー 第2日

ボランティア組が泊まったのは、室根山ふもとにある望洋平キャンプ場でした。その名の通り、東の方に太平洋を望むことができ、眺望のきれいなところです。しかしその場所は、地震と津波による甚大な被害を受けた街があることを思うとき、心が痛むのでした。

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二日目の9日は、菅原さんが高橋先生をピックアップしてくれて藤沢町にある大籠キリシタン殉教公園の見学です。暑い中でしたが、館長の畠山さんと、カトリック信者である千葉さんが丁寧に、そして熱心に案内してくださいました。史実と信仰による評価をきちんと精査しつつ、この地で召されていった人たちのいたことを思い巡らすときとなりました。畠山さんは、放射能汚染についても憤りをもって語ってくださり、いかにあの福島第一原発の事故が甚大なことであるのかということを思い知らされました。Dscf4266

その後、気仙沼に入りました。今回は岩井崎に案内してもらいました。そこで見たのは、いまだ海水につかっている向洋高校、お墓の中に納められたお骨さえもえぐり取られた街の人たちの墓地でした。見つかった墓石は丁寧に並べられていましたが、ながされたお骨は再びここに入れられることはないでしょう。それを思うと、いたたまれません。

次第に波が荒くなってきたので、ここで二手に分かれました。高橋先生は、キングスガーデンに入所されている方の慰問をして帰路につかれました。ボランティア組は、セブンイレブンで食材の購入をして、キャンプ場に戻りました。途中、明日訪れることになる土台を残してながされた教会の跡地に立つ十字架を右手に見ることができました。明日の作業のための腹ごしらえをし、お風呂に入り、小野先生のリードで今日の一日を振り返って寝袋に潜り込みました。

2011年8月12日 (金)

平和ツアー 第1日

毎年、夏の平和ツアーを行っています。近いところでは、丸木美術館、靖国神社など。遠いところでは、沖縄、長崎、広島などに行きました。

今年は、岩手県藤沢町にあるキリシタン殉教公園見学と被災地ボランティアを兼ねたもので、8月8日~11日まで、13名のメンバーで行って参りました。三人の牧師、社会委員会のメンバー、BS,主婦、社会人といった混成グループの、楽しい面々でした。

初日は春日部から現地への移動日ですが、栗原市で高橋先生をホテルに下ろしたあと、金成ハリストス正教会に行きました。歴史的な建造物で、開国間もないこの日本に、ニコライ宣教師が来日し、布教を始め、信者が多く与えられていったのです。今回の震災の影響を受けて、鐘楼部を新しくしたとのことですが、街の文化財としてきちんと保存されているようでした。最終日、もう一つのハリストス教会を見学したのですが、それは今回の地震と津波によって甚大な被害を受けているのを目の当たりにすることになります。

残り三日間のことは、これからアップして参ります。お楽しみに。Dscf4202_2

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元気なBSメンバー

2011年8月 7日 (日)

目に見えない方がいてくださる

2011.8.7(葉月) NO.333

教会の交わり 使徒5:1216

今私たちが感じている不安は、目に見えないものがあり、それが自然界はもとより、我々人間にも長期にわたって健康を害す元となっている、ということではないかと思います。すなわち、放射線の被害です。3.11の出来事をいっそう深刻にしているのがこの問題であることは、だれもが感じていることです。

5:11のみ言葉は、アナニヤとサッピラに起こった出来事が、教会全体に非常な恐れを起こしたことを告げています。使徒に働きにおいて初めて「教会」ということば出てきますが、五旬節の聖霊降臨の出来事をとおして3000人の人たちが仲間に加えられ、教会の交わりはすでに生まれていたのです。その教会に恐れがあったということは、教会は単なる仲良しグループのような集まりではなく、神に対しても人に対しても、きよい思いで集うべきところであることを示しています。

確かに、教会ではお互いに分かち合う交わりがあり、神様の力による奇跡的な癒やしが行われていました。しかしながら、人々の尊敬を受けていたとしてもこの交わりに入ろうとしない人たちがいたことは、このような教会の神を恐れる姿勢を感じ取っていたためかもしれません。

地域にある教会として街の人たちを見るとき、定期的に礼拝に集うわけではありませんが、教会やキリスト教に対して関心を持っている、好意を持ちいろいろと協力してくださるという方があります。

もちろん、教会の交わりから遠くにいる人、むしろ教会やキリスト教に対して反発を感じている方もあるでしょう。初代教会も、エルサレムにおいては、同様な状況であったと思います。それでも、主を信じる人が起こされ、少しでも使徒たちにふれることができれば癒やされるのではないかという、いわば迷信的な人たちまで出るようになりました。特に癒やしの噂を聞いて、近隣の町の人たちがやって来たというのは、今も昔も変わりありません。

今日におけるキリスト教会がしている癒やしは、かつてのような奇跡的なものではなく、きちんとした医療行為であり、弱い人たちと共にいることによる癒やしです。イエスキリストの福音こそが、人の魂を生かし、神様のとの交わりを回復させる力となり、教会の交わりによって病んでいる人が回復していくのです。

かつて捕らえられたペテロとヨハネは、イエスと共に生涯を送った弟子たちでした(4:13)。教会の頭はイエスキリストであり、この方が共にいてくださり、私たちに平安と生きる力を与えてくださっているのです。これが教会の交わりの中心です。

コロサイ1:18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

マタイ18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

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