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2011年9月 4日 (日)

大震災

2011.9.4(長月) NO.335 

私たちの望み ローマ81825

91日は防災の日。1923(大正12)91日に発生し、10万人を超える死者、行方不明者が出た関東大震災を歴史の教訓として記念した日です。今年の311日には、巨大地震と津波の発生、それに伴う原発事故が起こり、懸命の復旧、復興が今もなされています。何かの記念日として定めることによって、この日を忘れないようにしなくてはいけないと考えています。

東日本大震災を覚えつつ今朝のみことばを開くとき、そこに3つの苦しみを見ることができると思います。

1は、被造物の苦しみです(1922)。神様の造られた世界、自然界は、もともと良いものでした。神様の造られた秩序が保たれていたのです。今回の震災で、美しい故郷が壊れてしまったという経験を多くの方がされたことでしょう。しかし人手が入ることによって自然破壊(環境破壊)がおこり、汚染された食べ物が出回り、人間だけでなく地球上の生命の生活が脅かされています。自然災害は、人間にとってはたいへんな苦しみをもたらしますが、そのような中には人間が引き起こしたものであるといわざるを得ないことがあります。自然界は、神の造られた秩序ある世界に回復することを願っているのです。

2は、私たち人間の苦しみです(23)311による被災者の方々、その家族の方々は、今もなお苦しみの中にあります。いろいろな方面からの助けや支援がありますが、その苦しみをどれほど私たちは共感し、共に悲しむことができるでしょうか。まさに「心の中のうめき」を持ちながら、日々を懸命に過ごしておられるのだと思います。

そして御霊の苦しみがあります(26)。神様の苦しみと言っていいでしょう。この世の悲惨な様をご覧になっている神様が、その衷心から深い悲しみをもってうめき、祈っておられるというのです。何という神のあわれみでしょうか!

この御霊のうめきとも言える執り成しの祈りにより、被造物だけでなく私たちにも望みが与えられているのです。神の子どもとされ、からだがあがなわれるという希望を持つことができるのです。「あがない」とは、奴隷であった人が自由人として買い取られることを意味します。私たちは、自分の思いとは反対に悪(自己中心)の奴隷となり、神様から外れた人生を送ってしまうようになりました。これこそが、あらゆる苦しみの根源である、罪なのです。イエスキリストの十字架は、その罪からの解放を示すシンボルであり、どんなにこの世が揺れ動いても変わることのない私たちの希望を示しています。

関東大震災の悲惨さの中で作られた聖歌397は、このことを良く歌っている賛美歌として、今も歌い継がれています。折り返しの歌詞は、次の通りです。

「なぐさめもて、ながために、なぐさめもて、わがために。揺れ動く地に立ちて、なお十字架は輝けり」

けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。ピリピ320

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