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2011年10月 2日 (日)

不公平な配給は、いつの時代にも問題だ

2011.10.2(神無月) NO.338

教会の前進 使徒6:1-7

 今年は、大きな台風が日本列島に甚大な被害をもたらしました。1954(昭和29)926日に日本をおそった台風15号は、青函連絡船「洞爺丸」を沈没させ、多くの方が亡くなるという被害をもたらしました。洞爺丸台風とよばれています。しかしこの出来事がきっかけとなり、青函トンネルの工事が進み、本州と北海道を海難事故無く結ぶことができるようになりました。何かをきっかけに物事が一気に進むことは、良くあることです。

初代教会は、迫害やアナニヤ、サッピラ夫妻の罪といった問題が起きました。さらに毎日の配給でトラブルが生じてしまったのです。多くの人たちが教会に集うようになり、ギリシャ語を使うユダヤ人(ヘレニスト)が、ヘブル語を使うユダヤ人(ヘブライスト)に対して、苦情を申し立てたというのです。ヘレニストたちの未亡人が、毎日の配給をきちんと受けられないという、訴えです。今日でも、ありそうな、分配が不平等であるという問題です。

その原因は、コミュニケーションの不足にあったと思われます。同じユダヤ人ではありますが、外国で生まれたヘレニストたちは、ヘブライストが使う言葉、アラム語(またはヘブル語)を良く理解できなかったのでしょう。情報伝達がうまくいかないことの故に、トラブルが生じるということは、今の時代でも起きることです。

その解決のために、教会における奉仕の分担がなされました。これまでは、全てのことを12使徒がしていましたが、彼らは祈りとみ言葉の奉仕に専念することにして、問題となった配給の奉仕には、7人の人たちを選び任命することとしたのです。この人たちが選出される基準は、御霊と知恵に満ち、評判の良い人である、ということでした。すなわち、信仰的態度の身についた人で、社会の中で良い証しをしているという人たちです。その7人の名前は5節に書かれています。教会の前で、使徒たちは彼らの上に手を置いて祈り、その働きを委ねました。こうしてさらに多くの人たちが交わりに加えられ、教会の宣教が進んでいったのです。

この7人は、今日の執事と言われる人ですが、必ずしもそれが全てではありません。1節の配給、2節の仕えること、そして4節の奉仕という言葉は、全て同じ語源を持つギリシャ語です。他の箇所では、もてなす、務め、給仕などと訳されています。教会の中での働きが分けられ、なすべきことが増えて全体がうまく機能するようにした、ということでしょう。

このために神様が与えてくださっているのが、賜物です。之は、互いに仕え合うために、全てのキリスト者に与えられているものです(1ペテロ4:10,11)

それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。

教会は、配給の問題が起こったとき,それを契機として互いの賜物を生かしあい、かえって前進していったのです。どんな困難なことに直面しても、お互いに賜物を生かして仕え合えって行けば,それを克服して前に進むことができるのです。

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