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2011年12月25日 (日)

この世は闇か?

2011.12.25(師走) NO.347

闇の中の光  ヨハネ1:114

 2011年も、もうじき暮れようとしています。いろいろなことが起きるのが、私たちの営みであり、毎年のことです。しかし今年は、格別辛く大きな悲しみを全ての国民が体験した年となりました。まさに、暗闇に突き落とされたように感じた人も多かったのではないでしょうか。

この世界が存在するその根源に、創造主である神様がおられることを、聖書は語っています。天地創造のストーリーです。では、天地創造の前には何があったのか?「闇が大いなる水の上にあり」とあります(創世記1:2)。この世界の始まりは、闇だったのです。そこに光ができ、闇との区別が生まれたのです(創世記1:34)。元々私たちの世界は、闇であったことに気づく必要があります。

その世界に、真の光であるイエスキリストが来られたというのが、ヨハネの描く降誕の物語です(6-8)。ストーリーと言うよりも、主イエスキリストの誕生とその生涯の意味を説き明かしていると言っていいでしょう。神が人となってくださったという、物語です。

しかしこの世の人々は、この方を受け入れませんでした。その誕生からして命を狙われるほどでした。マタイが、ヘロデ王による幼児虐殺として描いているとおりです(マタイ2:16)。イエスの伝道の生涯において、弟子ができ、イエスについていった人たちもおりました。しかしその最後は、犯罪人として十字架で処刑されるというものでした。罪状書きはヘブル語、ラテン語、ギリシャ語で書かれており(ヨハネ19:20)、全ての民がイエスキリストを受け入れなかったことを、象徴しています。

私たち日本人も血筋や血脈を大切にする民族だと思います。また、生い立ちや両親との関わりも、その人の人生に大きな影響を与えます。そしてこれは、自分では変えることのできません。

しかしイエスキリストを受け入れた人は新しく生まれ変わり、神の子どもとしての新しい人生が始まるのです(12)。闇の中を歩むのではなく、光の中を歩む人生、真の光に向かって進む生涯が始まるのです。姦淫の現場で捕らえられた不幸な女性の物語のあとのことばは、印象的です(ヨハネ8:12)

イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」

老いや病、そして死は私たちにとって暗闇です。之は誰も避けることができません。突然襲いかかる災いも、闇のようなものでしょう。しかしその闇のただ中にイエスキリストがおられるなら、誰でも光の子どもとして歩むことができるのです。

新しい年が、この光の中を歩む年であることを、心よりお祈り致します。

エペソ5:8

あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。

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