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2012年1月 8日 (日)

新しい年も福音の広まりを願う

2012.18(睦月) NO.348

福音の広まり  使徒8:1-13

 昨年は、特別に大きな悲しみのあった年であったと感じている人は、おおぜいおられると思います。新しい年は、良い年であるようにと願う人たちも、その分多くあることでしょう。今年の干支「龍」にちなんで、2012年は上り調子であるようにという言葉も、良く聞かれるこの頃です。

ステパノの殉教から、教会全体への迫害が始まりました(1)。その一人にサウロという名前が出ていますが、のちのパウロの物語の伏線となっています(3)。キリスト教会が、その歴史上初めて経験する受難であると言えるでしょう。この2000年の歴史において、キリスト教会が迫害された時代がありました。しかしながら、キリスト教が国教化されると、逆の事態が生じたり、教会が堕落すると言うことがおきました。今日では、共産圏やイスラムの強い国では公にキリスト信仰を表したり伝道することが禁じられているところがあります。いつの時代にも、信仰に関わる苦難がありました。

日本においては、キリスト教の禁止(バテレン追放令など)は豊臣秀吉に始まり、徳川家康、秀忠、家光と続く徳川家3代の将軍によって、確固たるものとなりました。寺請制度や宗門人別帳は、キリシタン(キリスト教徒)を取り締まるための国家的な方策でした。そしておよそ300年の間、日本は鎖国政策を敷き、ごくわずかな外国の人との交流を持たない時代に入りました。明治6(1873)にキリシタン禁制の高札はようやく取り払われるのですが、この長い歴史の中で、日本人の中に理屈抜きに「キリスト教はダメ」という考えがしっかりと根を下ろしたように感じます。

エルサレム教会への迫害によって散らされた人々は、その散らされたところでみことばを宣べ伝えました(4)。その一人がピリポであり、彼の働きはのちに大きな実を結びます(2640)。散らされた人々は、みことばを宣べ伝える伝えただけではなく、悪霊を追い出したり、病を癒やしたりということを、み言葉にともなうしるしとして行いました。今日ふうに言えば、キリスト者の生活をもって、みことばを確かなものとする、ということでしょう。教会にとっては、ことばによる宣教だけでなく、地域社会において様々な弱さを持っている人を助け援助していくという働きを合わせて行うということです。

このような事で、シモンという魔術師が回心し、バプテスマを受けました(913)。福音が地域的な広がりだけでなく、いろいろな人たちに影響を与え広がっていったことを表しています。

私たちは「新しい船出」という説教を元旦において聞きました。船の旅は、いつも順風満帆とは限りません。福音が広められていくことは、むしろ困難の中でこそ、散らされた人によってもたらされることを、心に留めたいと思います。

ヨハネ16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

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