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2012年2月

2012年2月28日 (火)

走り出す

埼玉県期待の市民ランナー川内さんは、東京マラソンの翌日、坊主刈りになって勤務地である春日部高校で記者会見に臨みました。給水にしっぱいし平常心を失ったのが、今回の残念な結果の一因であるとのこと。頭を丸めたのは、単なるパフォーマンスや反省では無く、次を期す決意の表れだと感じました。川内さんを応援していた多くの人たちは、これからも彼を応援し続ける気持ちを持ったのではないかと思われる、すがすがしい会見でした。もっとも、あまり気張らなくてもいいようにも感じましたが。

昨日は、2ヶ月ぶりにお茶事の稽古。テーマは「夜咄の茶事」で私は亭主のお手伝いである半東をいたしました。夜咄は一度だけお客さんで入ったことがあるだけなので、ほとんど知識が無く、先生にいろいろ指導していただき、亭主の助けになったかどうかわかりませんでしたが、勉強になりました。日が次第に暮れていき、お客様が帰られる頃にはすっかり暗くなるわけで、そのようななかでいかに丁寧にお仕えし、足元の暗い中安全に帰っていただくように整えるのは、いろいろ工夫が必要でした。

本来夜咄は、親しい人たちとゆるゆると時間を過ごす、それが楽しむというお茶事です。忙しく日々を過ごし、いろいろな問題が山積している人にとっては、いったい何をしているのか!とおしかりを受けそうな集まりです。しかし、つらいときにあるからこそ、このようなゆるゆるとした時間は、何かを与えてくれるような気がします。

竹檠の芯を調節する師匠Dscf5393

今日は、久しぶりに内牧サイクリングコースを走りました。5月4日の大凧マラソンに出走するので、まじめにトレーニングの開始です。昨年は震災のために中止となったので、実質初参加と言うことになります。伊藤夕子さんももちろん参加で、教会の仲間も気合いを入れて参加することになっています。残念ながら、川内さんは参加されませんが、私的には「2時間7分台を目指します」と彼が東京マラソン前に言った言葉を胸に刻み、がんばりたいと思います。もっとも、之はハーフの種目ですが、自分にとってはきつい目標だと思っています。ちなみに今日は、1周約5キロの距離を30分でしたから、ばてないでハーフを走れば大丈夫でしょう。ちょっと疲れたので、ホントニ行けるかな?

新しい年度を控え、確かにいろいろな課題があります。厳しい船出だと感じています。しかし気持ちを切り替え、主により頼み、仲間を信頼して走り始めました。これからもヨロシク!

2012年2月26日 (日)

病気の人が癒やされ,死人が生き返る

2012.2.26(如月) NO.354 

主に立ち返る  使徒9:3243

 本日の箇所は、福音が異邦人にも伝えられ、いよいよ全世界に広がっていく直前のできごとです。使徒ペテロによる物語がしばらく続きます。

多くの教会が生まれたことにより、ペテロはいろいろなところを巡回し、信者を励ましていきました。牧会訪問と言えるでしょう。今日でも、主にある兄弟姉妹のために、牧師や信徒による訪問は、大切な教会の働きです。

ルダはエルサレムからヨッパに通じる道の途中にある街で、そこでペテロは8年間中風を患っていたアイネヤと出会いました。長年の病が、彼の生きる気力や癒やしへの希望を失わせていたかもしれません。ペテロは彼に、自分で立ち上がって床を敷き直し、きちんと座るよう命じました。アイネヤはそれに応答し、癒やされたのでした。之を見た人々は、ペテロの癒やしは主の力からでていることを知り、主に立ち返ったのです。かつてイエス様が、中風の人をいやしたできごとを思い起こさせます(マルコ2:1-12)

ヨッパでは、タビタという女性の弟子が病気の故に亡くなり、ある人の屋上の間に遺体が安置されていました。ペテロは彼女の所にすぐ来てほしいとの知らせを受けて、やって来ました。タビタの回りに集まっていた人々は、彼女の生前行っていた事を話し、彼女の作ってくれた下着や上着をペテロに見せて、彼女の死を悼んでいました。タビタは主の弟子として、すばらしい働きをしていたのです。

ペテロは人々を外に出すと祈り、かつてイエス様がされたように「タビタ、起きなさい」といって彼女を生き返らせました(ルカ8:54)。復活の主の力が、表されたのです。そしてこの評判は広がり、多くの人が主を信じるようになりました。

今日では、このような奇跡的な癒やしではなく、医療による癒やしや介護がなされます。もはや奇跡は起こらないのでしょうか?神様は現代においては、病んでいる人や弱い人たちに対する、あわれみの心を持った人を通して、ご自身のみわざをなさっておられます。100歳を超えなお現役の医師としても活躍しておられる日野原重明先生は、若き日にひとりの少女患者の死を通して、このことを痛感させられたといわれいました。

そののちペテロは、皮なめしのシモンの家に滞在します。当時の皮なめし職人は、死体にふれることや、皮なめし方が現在と違って悪臭を発することにより、人々からは嫌われていました。ペテロがこのような家に泊まり、そこに百人隊長が訪れることになり、福音があらゆる隔ての壁を壊して全世界に広まっていくことが示唆されています。

人々が主に立ち返ること、そしてその福音を伝えていく人が起こされることは、神様の癒やしが行われることに他なりません。

コロサイ1:28,29 私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。このために、私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。

2012年2月22日 (水)

なぜシャッターアート?

以前、シャッターアートのことを、ブログにも書きました。「閉まったお店のシャッターに絵を描いたからって、それがなんになるの?空いてなかったら、意味が無いのでは?」という質問が、寄せられました。ほんと、その辺は自分でも気になるところです。

このことに関して、毎日のように情報を発信してくださるKさんによる、非常にわかりやすい解説がありました。夏炉冬扇を下記にリンクいたしましたので、ご覧ください。

夏炉冬扇1646号→shutter_art.pdf」をダウンロード

おもわず、「そうだったんだ~」と納得してもらえるはずです。また、ある方は、シャッターに描かれた絵に思わず引き込まれ、ズーと見入ってしまった感想をくださいました。そういう方は、お店の開いているときに行ってみよう、という気持ちになるのですね。是非春日部東口に、足を運んでみてください。私も、30軒全てをまわってみようと思います。

2012年2月21日 (火)

寒いときの、冷たく熱い話

先週土曜日(2月18日)、子ども達がピザを作りにやって来ました。グループに分かれて生地をのばし、好きな具材を載せてオーブンで焼き、おいしいピザができあがりました。私は、暖炉の熾火にジャガイモを放り込み、焼き芋の差し入れ。たいへんおいしくできました。

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その後は、高田高校の卒業生で作っている校友会東京支部の集まりに初参加。やはり、母校の先輩や後輩たちに一度は会ってみたいという思いが高まっている中、案内を見て、ちょっときついスケジュールでしたがいって参りました。

会場は、市ヶ谷駅前の日大桜門会館、講師は、南極観測隊のメンバーである本山秀明氏。氏は、高校の5年後輩になりますが、南極の越冬夏を10回も経験しているというベテランであり、また国立極地研究所教授(雪氷学)、先進プロジェクト研究グループ、グループ長という立派な方です。氷の塊を掘り出して、いろいろ調べそして研究する、それが地球環境をとと得ていくことにつながっていくという、立派なお仕事をされています。最も、ご本人によるとこういったことが好きだということなので、文字通り趣味と仕事を両立させておられるのかもしれません。NHKの「爆笑問題のニッポンの教養」にも出演されたとか。お兄さんは、私の同級生でもあり、たいへん親しくお話を伺うことができました。

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寒い冬の午後、冷たい話題のホットな話しで、さわやかな気分になって帰宅しました。・

2012年2月19日 (日)

困難であるからこそ、前に進む

2012.2.19(如月) NO.353

教会の前進  使徒9:19-31

 本日から火曜日まで、全国の福音自由教会の代議員が集う「協議会総会」が開かれます。これからの教会の交わりと宣教のために、新しい提言がされる予定です。私たちのグループだけではなく、日本のキリスト教会は様々な困難に直面しています。そんな中で本日の説教箇所を読むのは、少し辛い気持ちになりますが、聖霊に励まされて、み言葉に聞き入って参りましょう。

ダマスコ途上にあったサウロは、復活のイエスに声をかけられ、回心致しました。そしてダマスコにおいて、是までとは正反対に、イエスが神の子であることを大胆に宣べ伝えたのでした。反感を持ったユダヤ人たちに命を狙われたサウロは、弟子たちの手引きによって駕籠に乗って町を脱出しました。そしてエルサレムへと向かったのですが、そこではなかなか受け入れられませんでした。回心前のサウロのことを知っている人たちが大勢いたのですから、無理からぬ事です。しかし、バルナバの執り成しによって教会の交わりに加えられ、さらに大胆にみことばを語ったのでした。このような人のいることは、キリスト者の成長に欠かせないことであり、先のアナニヤと共に、教会において友人や指導者の必要性を示しています。サウロはギリシャ語を使うユダヤ人たちとも論じあい、将来福音が全世界に宣べ伝えられることの伏線となりました。

このあたりの事情は、パウロの書簡であるガラテヤ人への手紙を見ると、回心後は一時期アラビヤに退いていたことがわかります(ガラテヤ1:16-19)。そのあと、ふたたびダマスコに戻り、迫害を逃れてエルサレムに行ったのでしょう。エルサレムでの滞在は短期間であり、使徒の中ではペテロと主の兄弟ヤコブにしか会わなかったようです。その後、カイザリヤを通って生まれ故郷のタルソへと難を逃れていきました。

このような事の中で、教会は前進していきました(31)。このみことばを直訳的にいうと、「教会は、数が増やされていった」となります。そのようすは「平和を保って建て挙げられ、主を恐れることと聖霊による励ましによって前進していった」ということです。使徒1:8にあるように教会は「ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地」に建てられていったのです。文字通り、信者の数も教会の数も増えいていったのです。しかしこの「教会」は単数形で描かれています。多くの教会、信者の群れがあっても、キリストにあって一つであることを示唆しています。

主を恐れることは、神様をより深く知り、秩序を守ることです(箴言1:7)。聖霊による励ましとは、教会の交わりや信者の成長は、霊的なことであるということです(ガラテヤ5:16)

今日多くの困難がありますが、教会は神様が生み出してくださった、私たちの交わりです。のちにパウロは多くの苦しみを受けることになります。しかしその困難の故に、福音が前進したと証ししているのです。

ピリピ1:12 私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。

2012年2月14日 (火)

シャッターアート優秀賞

春日部の街を元気にする一環として、「シャッターアートを和服で歩こう」というイベントが行われました。主に、東口のお店のシャッターに、その店にちなんだ絵を江戸時代風に描こうというもので、その前を和服で歩こうという趣向です。そして写真を撮って送り、良い作品には賞を差し上げようというものです。

以前このブログにもアップした箪笥の話し、覚えていらっしゃいますか?母親が嫁入り道具に持って来た、桐の箪笥をよみがえらせてくださったお話です。そのお店が山田箪笥店です。今回は、その恩返しに、朝山田箪笥店さんの前で撮りました。それがなんと優秀賞に輝き、ただ今ぷらっとかすかべに展示されています。もちろん、最優秀賞に輝いた作品もありますよ。春日部の街を元気にし、良い伝統を受け継いでいく。私もそんなことの中で、お役に立ちたいと願っています。

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ちなみ、下の画像が山田箪笥店初代「長松」さんの焼き印を振りかざしているところです。金槌のように見えますが、焼き印です。頭に「○に長」が刻印されています。わかるかな?一度おいでください。なお、春日部市内には、30近いシャッターアートが描かれています。町を歩きながら、それぞれにアートに目を向ける楽しみがあります。春日部ファミリー新聞にも掲載されますので、そちらもご覧ください。

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2012年2月13日 (月)

ついに出ました、内定通知!

「就活」と言う言葉がすっかり定着し、今年は特に「氷河期」といわれる中で、ようやくうちの娘も内定を「いただく」ことができました。もうほんと、ありがたくいただくという感じですね。

彼女のゼミの7人のうち、この時期に卒業後の進路が決まったのは4名、まだ3名は就活中なのです。職を選ばなければ、どこかに就職できるとは良く聞くことですが、やはりどこでもいいというのは、ちょっと無理でしょう。大学3年生の就活と被ったなかで、よく頑張ったと思います。一人で就職情報を集め、就職課のかたと相談し、「教育関係の仕事に就きたい」という最初の志を貫き、ようやく先週内定を「いただいた」と言う次第です。

今日はそのお祝いのランチ。内牧サイクリングロードに面した、小さなお店でゆったりと食事をし、その後、市役所に出向いて必要書類を入手してきました。そのお店は、「かない」さんといい、ご夫妻で心のこもったおいしい料理を出してくれています。良く通る道にあったのですが、全く気づきませんでした。

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注文したのは、「華膳」天ぷら、お刺身、煮物、焼き物、湯葉の刺身、アサリ、そしてデザートがついて1575円!これはお得感がありますね。内牧に、こんなすてきなお店があったんですね。久しぶりに、プライベートな時間を過ごさせてもらいました。

ちなみに、ランチは1000円からあります。

2012年2月 5日 (日)

こんな氷、見たことない!子どもは風の子!

関東地方も、そして丘の上も寒波の影響で、凍り付きそう!先週に続いて、丘の上の氷です!

Dsc_02121 日本列島に見えますか?

  Dsc_0215_3 山ちゃん先生も手伝って、こんな氷が取れました!Dsc_0216_2

サウロがダマスコへ、向かう途中~

2012.2.5(如月) NO.352 

あわれみを受ける  使徒9:1-19

 人は、生まれたときからキリスト者ではありません。たといクリスチャンの両親から生まれたとしても、新しく生まれる体験、ボーンアゲインしなくては、神様の国に入ることはできません。之は人の力ではなく、聖霊によることです。

本日の箇所は、のちに地中海世界を伝道の旅に出て行くことになる、パウロの回心と神様による召命の物語です。パウロはヘブル名ではサウロといい、教会を迫害する者でした。2節に「この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いてくる」とありますが、25日は26聖人殉教の記念日であす。1957年の冬、秀吉によるキリスト教禁令にもとづき、京都から長崎まで信者が引いて行かれ、長崎で処刑されたのでした。かつて日本もキリスト教徒が迫害された時代があったことを思い起こさせます。

エルサレムからダマスコに向かう途上、サウロは光に打たれ、地に倒れてしまいます。また復活の主からの天からの声を聞き、目が見えなくなってダマスコまで共の者に連れて行かれました。彼はそこで、アナニヤという弟子と出会います。アナニヤにとっては、サウロと会うことはためらわれましたが、主の導きに従ってサウロの元を尋ね、手を置いて祈ったのです。そのとき、サウロは聖霊を受け、目から鱗のようなものが落ちて立ち上がり、バプテスマを受けたのでした。しばらくの時のあと、彼は教会の交わりに加えられ、多くの苦難の中にあっても、伝道者としての召しを最後まで忠実に全うしたのでした(16)

以上が、サウロの回心と召命のストリー(物語)です。便宜上、これからはパウロと呼ぶことにします。

パウロはこのできごとを、使徒の働きにおいて2度弁明しています。エルサレムにおいてユダヤ人たちに(使徒22)、そしてカイザリヤにおいてアグリッパ王と総督フェストの前で(使徒26)。状況が違うために、その語り方は若干異なっています。また、彼はこの体験を反芻し、書簡の中で語っていきます。ピリピ人への手紙では、回心前と回心後のコントラストが明らかにされています(ピリピ3:5-12)

しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。(ピリピ3:7)

そして生涯の晩年では、自らの物語を思い起こし、自分のような罪人に神様が大いなるあわれみを掛けてくださったと言うまでになるのです(1テモテ1:12-16)

しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。(1テモテ1:16)

私たちにも、それぞれのストーリーがあります。パウロのような劇的な回心物語でなくても良いのです。だれも顧みないような者を神様が捕らえてくださり救いに導いてくださった、そこに主のあわれみがあるのです。

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