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2012年2月 5日 (日)

サウロがダマスコへ、向かう途中~

2012.2.5(如月) NO.352 

あわれみを受ける  使徒9:1-19

 人は、生まれたときからキリスト者ではありません。たといクリスチャンの両親から生まれたとしても、新しく生まれる体験、ボーンアゲインしなくては、神様の国に入ることはできません。之は人の力ではなく、聖霊によることです。

本日の箇所は、のちに地中海世界を伝道の旅に出て行くことになる、パウロの回心と神様による召命の物語です。パウロはヘブル名ではサウロといい、教会を迫害する者でした。2節に「この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いてくる」とありますが、25日は26聖人殉教の記念日であす。1957年の冬、秀吉によるキリスト教禁令にもとづき、京都から長崎まで信者が引いて行かれ、長崎で処刑されたのでした。かつて日本もキリスト教徒が迫害された時代があったことを思い起こさせます。

エルサレムからダマスコに向かう途上、サウロは光に打たれ、地に倒れてしまいます。また復活の主からの天からの声を聞き、目が見えなくなってダマスコまで共の者に連れて行かれました。彼はそこで、アナニヤという弟子と出会います。アナニヤにとっては、サウロと会うことはためらわれましたが、主の導きに従ってサウロの元を尋ね、手を置いて祈ったのです。そのとき、サウロは聖霊を受け、目から鱗のようなものが落ちて立ち上がり、バプテスマを受けたのでした。しばらくの時のあと、彼は教会の交わりに加えられ、多くの苦難の中にあっても、伝道者としての召しを最後まで忠実に全うしたのでした(16)

以上が、サウロの回心と召命のストリー(物語)です。便宜上、これからはパウロと呼ぶことにします。

パウロはこのできごとを、使徒の働きにおいて2度弁明しています。エルサレムにおいてユダヤ人たちに(使徒22)、そしてカイザリヤにおいてアグリッパ王と総督フェストの前で(使徒26)。状況が違うために、その語り方は若干異なっています。また、彼はこの体験を反芻し、書簡の中で語っていきます。ピリピ人への手紙では、回心前と回心後のコントラストが明らかにされています(ピリピ3:5-12)

しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。(ピリピ3:7)

そして生涯の晩年では、自らの物語を思い起こし、自分のような罪人に神様が大いなるあわれみを掛けてくださったと言うまでになるのです(1テモテ1:12-16)

しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。(1テモテ1:16)

私たちにも、それぞれのストーリーがあります。パウロのような劇的な回心物語でなくても良いのです。だれも顧みないような者を神様が捕らえてくださり救いに導いてくださった、そこに主のあわれみがあるのです。

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