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2012年2月26日 (日)

病気の人が癒やされ,死人が生き返る

2012.2.26(如月) NO.354 

主に立ち返る  使徒9:3243

 本日の箇所は、福音が異邦人にも伝えられ、いよいよ全世界に広がっていく直前のできごとです。使徒ペテロによる物語がしばらく続きます。

多くの教会が生まれたことにより、ペテロはいろいろなところを巡回し、信者を励ましていきました。牧会訪問と言えるでしょう。今日でも、主にある兄弟姉妹のために、牧師や信徒による訪問は、大切な教会の働きです。

ルダはエルサレムからヨッパに通じる道の途中にある街で、そこでペテロは8年間中風を患っていたアイネヤと出会いました。長年の病が、彼の生きる気力や癒やしへの希望を失わせていたかもしれません。ペテロは彼に、自分で立ち上がって床を敷き直し、きちんと座るよう命じました。アイネヤはそれに応答し、癒やされたのでした。之を見た人々は、ペテロの癒やしは主の力からでていることを知り、主に立ち返ったのです。かつてイエス様が、中風の人をいやしたできごとを思い起こさせます(マルコ2:1-12)

ヨッパでは、タビタという女性の弟子が病気の故に亡くなり、ある人の屋上の間に遺体が安置されていました。ペテロは彼女の所にすぐ来てほしいとの知らせを受けて、やって来ました。タビタの回りに集まっていた人々は、彼女の生前行っていた事を話し、彼女の作ってくれた下着や上着をペテロに見せて、彼女の死を悼んでいました。タビタは主の弟子として、すばらしい働きをしていたのです。

ペテロは人々を外に出すと祈り、かつてイエス様がされたように「タビタ、起きなさい」といって彼女を生き返らせました(ルカ8:54)。復活の主の力が、表されたのです。そしてこの評判は広がり、多くの人が主を信じるようになりました。

今日では、このような奇跡的な癒やしではなく、医療による癒やしや介護がなされます。もはや奇跡は起こらないのでしょうか?神様は現代においては、病んでいる人や弱い人たちに対する、あわれみの心を持った人を通して、ご自身のみわざをなさっておられます。100歳を超えなお現役の医師としても活躍しておられる日野原重明先生は、若き日にひとりの少女患者の死を通して、このことを痛感させられたといわれいました。

そののちペテロは、皮なめしのシモンの家に滞在します。当時の皮なめし職人は、死体にふれることや、皮なめし方が現在と違って悪臭を発することにより、人々からは嫌われていました。ペテロがこのような家に泊まり、そこに百人隊長が訪れることになり、福音があらゆる隔ての壁を壊して全世界に広まっていくことが示唆されています。

人々が主に立ち返ること、そしてその福音を伝えていく人が起こされることは、神様の癒やしが行われることに他なりません。

コロサイ1:28,29 私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。このために、私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。

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