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2012年3月18日 (日)

クリスチャンというのは、あだ名だった?

キリスト者とよばれる  使徒1119-30

 神様のことば、福音は次第に広まっていきました。それは迫害によって散らされた人たちによる、個人的な証しによるものでした。私たちも救いの経験を自分のストリートして語ることは、ポストモダンの時代における証しの方法です。

その人たちは、ユダヤ人にしか語りませんでしたが、アンテオケに来てからは、ギリシャ人にも語るようになり、大勢の人たちがイエス様を信じて主に立ち返ったのです。それまでも、異邦人にもみことばがつたえられコルネリオのような改心者がありましたが、アンテオケにおいて、みことばの宣教がさらに拡大していったのでした。

アンテオケは、当時のローマ世界において、第3番目の大都市であり、いろいろな人たちが行き来する国際的な街でもあったのです。人口は、50万人ほどであったといわれています。そこに教会が生まれたのです。エルサレムから遣わされたバルナバは、故郷のタルソに退いていたサウロ、言うまでもなく後のパウロですが、を連れてきて、さらにみことばをのべ伝え、弟子たちを教えました。

この町で、イエスを信じる人たちは初めて「キリスト者」と呼ばれました。今日で言う「クリスチャン」という名称が生まれたのです。しかし、これはあだ名でした。それまではほかの言い方でしたが、周りの人たちが彼らの生活を見て、彼らの知っている宗教やユダヤ教を信じている人たちとは違うことを感じたのです。この呼び方の言葉上の意味は、キリストに属する者、キリストに従う者というものです。しかしその本意は、古い自分が死んでキリストによって生かされることです(ガラテヤ220)

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

最初は侮蔑的な意味も込められている呼び方でしたが、次第に教会の人たちによってこの名称が定着し、今日に至るようになりました。

キリスト者とよばれるとは、キリストを中心とした交わりです。彼らは、ユダヤ人の会堂や家々を集会所としたことでしょう。聖餐式を守り、聖書を教え、祈りをしていました。次第にその集まりは組織化され、たまものに応じた働きが整えられてきました。そして何よりも、彼らはキリスト中心とした愛を分かち合う人たちでした(ヨハネ1335)

もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。

飢饉に苦しむエルサレム教会への献金や物資の支援は、その愛の表れだったのです。実際に、助け合う愛の交わりがあったのです。大きな震災を経験した私たちは、「キリスト者」と呼ばれることの意味を、改めて思い起こし、それにふさわしい者としての行動があることでしょう。

2012.3.18(弥生) NO.357 

春日部福音自由教会 山田豊

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