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2012年4月29日 (日)

苦しいときの神頼み?

苦難の中の祈り  使徒12112

2012.4.12(卯月)NO.362

「苦しいときの神頼み」という言葉があります。これは悪い意味では無いと思います。困難なときほど神様により頼む、自分の力で何とかしようというのではなく、神様への完全な信頼を促す言葉であると思います。

使徒12章は、バルナバとサウロが飢饉に襲われたエルサレム教会に派遣され、その任務を終えて帰ってくる合間の出来事として書かれています。これは時間的な流れに沿ったことというより、13章以降の記述はアンテオケ教会から派遣されたパウロたちによるものとなるので、これまで中心地であったエルサレム教会やペテロたちの働きを一区切りつけるためだと思われます。

1節のヘロデ王というのは、イエス誕生の時代にユダヤの王であったヘロデ大王の孫に当たる、ヘロデアグリッパ1世のことです。その子供のアグリッパ2世は、後にパウロの弁明を聞くこととなります(使徒2526)。彼は祖父から受け継いだ政治的領土を拡大しており、ユダヤ人の関心を買うことに成功し、首尾良くユダヤを治めていたようです。ユダヤ人にとっては、新しい勢力としての教会の人たちは苦々しい存在でした。ヘロデと考えが一致していたのでしょう。そのため、ヘロデは使徒の一人であるヤコブを殺害し、さらにペテロをも捕らえ、自らの地位を安定したものにしようとしたのです(13)

牢獄に留置かれたペテロは、厳重に監視されていました。しかし主の使いによって奇跡的に解放され、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に戻ることができたのです(412)

私たちも苦しみや試練に遭うことがあります。しかし神様は、そのような中でも脱出の道、解放の道を備えてくださっているのです(1コリント1013)

あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

このとき、教会は熱心に祈っていました。兄弟姉妹が共に集まり、祈りをしていたのです。どのようなかたちで祈っていたのかは定かでありませんが、ペテロの救出や、教会への迫害から逃れることができるようにとの、願いであったでしょう。しかしそれ以上に、彼らは神様との交わりをより親しく求め、主のみこころがなることを祈っていたのだと思います。祈りは、苦しみを取り除くための方法や、願っていることを叶えるおまじないではないのです。父なる神様に心から信頼する、それが苦難の中の祈りであり、その結果が堂であれ神様にゆだねる信仰が大切なのです。

ピリピ46 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

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