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2012年4月22日 (日)

お墓とは?

死から命へ  1コリント1515

2012.4.22(卯月) NO.361 

人は死ぬと、墓に葬られます。人間にとって、あなたにとって、墓とは何でしょうか?

聖書の語る最も大切なことは、イエスキリストの死と復活です。もちろんイエス様の処女マリアからの誕生も大切なことですが、それは自明のこととしてこの箇所には書かれてありません。

イエス様の葬りは、当時の習慣に倣ったものでした。岩をくりぬいた新しい墓穴に、亜麻布で巻かれて香油を塗られ葬られたのでした。ローマ兵が番のために置かれ、穴をふさぐ墓石は封印されるという、厳重なものでした。確かにイエスは死に、葬られたのです。このことは、大切です。

しかしそのイエスは、復活されました。イエスの死後、イエスと出会った人が大勢おり、このコリント人への手紙が書かれた頃には生き証人がまだいたのです。からの墓は、必ずしも復活のしるしとは言えませんが、死んで確かに葬られた人とその後で出会った人がいたと言うことは、復活が実際に起こったことを示す最も強力なしるしです。

このことは、私たちに何を語っているのでしょうか?もともとお墓は、亡くなった人を供養する目印でした。時代にがたつに従って、その目印としての墓は朽ちない石などになり、家柄を重んじるころになると、だんだん立派なものになっていきました。日本人には、亡くなった愛する者と再び会いたいという思いがあるとともに、死んだ人が生き返ったりよみがえったりすることを恐れたり、忌み嫌うという思いを持っています。いわば、復活を否定する精神的な背景があると言うことでしょう。亡くなった方をなだめるための儀式や、副葬品を入れるのは、その表れです。

キリスト者にとっては、墓は故人を思う記念のところです。しかしそれだけではなく、その方と再び会うことを希望として思い起こす場所です。復活は、恐ろしいことや忌み嫌うことではなく、希望であり慰めなのです。その初穂として、イエスは死んで葬られ、3日目によみがえってくださったのです。

このことを信じるのは、子供のような素直な心から出てくることです。頑固な自分に死んでこそ、生きる道、いや神様に生かされる生涯が始まるのです。

アッシジのフランシスの平和の祈りにあるように。

「おのが身を捨てて死するがゆえに永遠の生命を得るものなればなり」

聖クララ会訳

キリスト者にとってお墓とは、献身を記念する場所でもあるのです。

ローマ121 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

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