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2012年5月

2012年5月30日 (水)

聖霊に満たされて

5月27日は、聖霊降臨日でした。ユダヤ人の祭りである五旬節の日に聖霊が「炎のように分かれた舌」の形をとって下り、弟子たちは聖霊に満たされました。ペテロの説教によって悔い改めて人たちはバプテスマを受け、仲間に加えられたのです。キリストの教会が誕生した時でした。

礼拝堂には、そのことを記念する花が生けられていました。季節のあじさいを真にして、赤い花が聖霊を表すすがすがしい聖花に、心和む礼拝を捧げることができました。

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花材:アジサイ、バラ、ラベンダー、リアトリス、デルフィニュウム

2012年5月27日 (日)

その人のようになる

主の愛された教会 使徒2:40-47

2012.5.27(皐月) NO.366

本日は、教会の誕生日を記念する日ともいえる、聖霊降臨日です。主イエス様が十字架にかかり、葬られた後復活して弟子たちに現れ、オリーブ山から昇天されました。そしてユダヤの祭りの一つである五旬節の日に、共に集まり祈っていた弟子たちに聖霊が下り、ペテロの説教を聞いた人たちがバプテスマを受けて交わりに加えられたのでした。エルサレムに主の教会が生まれたのです(使徒12)

エルサレムに生まれた教会のことを、初代教会と呼び、今日の教会やキリスト者の模範ともなっています。当教会ではそれを「七つの秘訣」としてまとめています。①救いの確信(イエスを信じる者は救われる、これは神様の約束である)②水のバプテスマ③教会の交わりに加わる④聖書を読む⑤祈る⑥ささげもの(献金)⑦救霊(イエスの証人としての生活)

そもそも教会とは、何でしょうか?ことばとしては、召し集められたものを意味するギリシャ語のエクレシアから来ています。その基礎は、イエスを信じる信仰にあり(マタイ16:17)、教会はキリストのからだともいわれています(エペソ1:23)

マタイ16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。

エペソ1:23 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

この教会は、イエス様がご自分の血潮を持ってあがなってくださったものです。すなわち、主に愛されたものなのです(エペソ5:25)

夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。

主が私たちを愛してくださったということは、夫婦の間柄だけではなく、私たちのあらゆる生活の中で表される神様の奥義です。特別なことではなく、日常茶飯事、あなたの教会生活や隣人との関わりの中で表現されることです。隣人を愛するとは、そのような人たちと同じ姿になるということです。イエス様は、神である位を捨てて、私たちと同じ姿になってくださいました。パウロは、一人の人を救いに導くためには、そのようになるといいました(1コリント9:20)

ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。

この心はキリスト教会2000年の歴史の中で、今も受け継がれています。人々の注目を浴びるような大きな働きではないかもしれません。しかし、イエス様の愛による奉仕が続けられ、そのことによって人々は、私たちがキリストの弟子であることを知るのです。あなたは教会をイエス様のように愛していますか?

ヨハネ13:35 もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。

2012年5月21日 (月)

キンカンショー

市内在住の、髙井日年さんから、すばらしい画像をいただきました。ご自宅のベランダからの撮影とのことです。5日の内牧公園でランナーの伊藤さんと一緒の凧揚げを撮っていただいたご縁で、金環日食を夜になっても楽しむことができました。ありがとう!

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うろこのように

2012年5月21日、日本中の人が「金環日食」を見ようと早起きしたのではないでしょうか?6時の鐘の音と共にカーテンを開けると、今までになかったようなまぶしい太陽の光が飛び込んできました。今日は絶好の観測日和というわけで、復活の庭に小道具を出して、そのときを待ちました。

次第に雲が厚くなってきましたが、それも又よし。しばしの時、一生の間にもう見ることはないであろう朝のひとときを過ごしました。それにしても、太陽のエネルギーはすごいなあ。

・デジカメで撮った日食

・金環食の方向

・ようやく捕らえた金環食

・うろこのようになった木漏れ日

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2012年5月20日 (日)

ウオーキング

久しぶりに、丘の上から中央まで歩きました。いつものランニングコースを歩いたわけですが、走っているときよりゆっくりなので、新しく気づくことが多くありました。

その一つは、花の香り。残念ながら、その名前の多くはわからないのですが、あま~い香り、鼻につんとくるような香りなど、いくつかありました。枝を折れば香りを出す、クロローバイのような花もあるかもしれません。初夏は景色と共に、自然の香りが満ちているときなんですね。

で、5日にお会いした高井さんからいくつかお花の写真をいただきましたので、香りは無理ですが、お楽しみください。

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真光照全地

広がる主のみことば 使徒1344-52

2012.5.20(皐月) NO.365  キリスト教は、今では3大宗教の一つといわれていますが、その始まりは小さなものでした。紀元1世紀のローマ帝国は、軍備によることとは言え平和であったことと、幹線網が整備されていたことが、宣教の広まりに役立ちました。

そのようなことのほかに、キリスト者や教会への迫害が、かえって主のみ言葉の宣教となってことは、之まで学んできたとおりです。特に、ユダヤ人だけではなく、異邦人にも主のみ言葉がいよいよ広く伝えられていったことが、使徒の働きに力強く描かれています。

ピシデヤのアンテオケで、町中の多くの人たちがパウロやバルナバの話を聞くために集まってきました。その様子を見たユダヤ人たちは、妬みから彼らを口ぎたなく罵りました。彼はモーセの律法を守ることによって人は救われるのであり、ユダヤ人の慣習を守る事こそ最も大切なことであると考えていたのでしょう。また、新しい人たちが自分たちの会堂に入ってくるのを、素直に受け入れられなかったのかもしれません。

そこでパウロたちは、これから異邦人の方に行くと宣言したのです。さらに主のみことばが広がりるにつれ、ユダヤ人は彼らを迫害し、ついにその地方から追い出してしまいました。すでに異邦人の方に行くと宣言していた二人は、アシのちりを払い落とし、断固とした決意を持って異邦人へと向かっていきました。

主の言葉は、最初はユダヤ人に語られました。なによりも、イエス様ご自身はユダヤ人として生まれ育ったのです。しかし主の言葉は、一民族にかぎる福音ではありませんでした。すべての人のための、救いのみ言葉なのです。47節は、パウロやバルナバが異邦人の光となることをイザヤの預言を引用して語ったものですが、イエス様こそが全世界の人々にとって真の光であり、その光を照らすためにお生まれになったのでした(ルカ2:31,32)。まさに、主イエスは「真光照全地」なのです。

御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」

歴史上、新しい宗教指導者が当時の権力者によって迫害を受けたということは、珍しいことではありません。新しいものは、つねにその時代にとって危ういものであったからです。今の私たちの国では、教会やキリスト者に対するこのような迫害はあまりないでしょう。しかし様々な困難があります。主のみことばが拒絶されることもあります。そのような中でも、かつての弟子たちが喜びと聖霊に満たされていたように、私たちも主のみ言葉が広められて多くの人たちが救われることを,祈っていきたいのです。

ピリピ1:18 

すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。

2012年5月13日 (日)

極悪非道な人は地獄行き?

恵みにととまる  使徒1313-42

物であれ思想であれ、それが初めて世に現れた時には、拒絶されるか驚きをもって受け入れられるかの、どちらかでしょう。聖書の教えであり、クリスチャンにとっては当然である「イエスを信じる者は誰でも救われる」との教えが初めて地中海世界に伝えられたのは、パウロの伝道の旅を通してでした。

シリヤのアンテオケから出発したパウロの一行は、キプロス島を出てペルガへ到着しました。そこで助手として同行していたヨハネは、アンテオケに戻ってしまいました。その理由については何も記されておりませんが、後にこの出来事が、パウロとバルナバの間に激しい反目を生む原因となります(使徒1536-41)。どのような困難があっても宣教の働きを放棄してはいけないのですが、主にある仲間が離れていくようなことが起きるのも、事実です。宣教におけるこのようなつらい出来事をも神様が許容しておられ、後にこのようなことも益としてくださることを信じることが、大切です。

14節に「しかし」とあるように、このようなことが起きても、伝道の旅は続けられました。ピシデヤのアンテオケでは安息日に会堂に入り、パウロは促されて立ち上がり、集った人たちに説教をしたのです。16-41までの説教は、三つの部分からなっていると言えるでしょう。第1の区分は16-25で、ユダヤ人の知っている歴史を振り返り、救い主の出現について語っています。第2の区分は26-37で、その救い主こそがイエス様であり、このことは旧約聖書に書かれている神様の御心であることを詩篇やイザヤ書を引用して語っています。そして第338-41では、このイエス様を信じることを勧めています。聴衆には神を敬う異邦人もいたでしょうが、まずは同胞に語りかけるパウロの思いやりを感じます。

この説教の中心は、39節です。「信じる者はみな、この方によって、解放されるのです」ということです。この「解放される」とは直訳すれば「義と認められる」ということで、パウロがその書簡の中でたびたび用いる言葉です。そして、何か良い行いをして人は救われるのではなく、ただイエスを信じる信仰によって救われる、罪から解放されるという真理を、明らかにしていくのです。しかしこのことは、律法の厳守を基としていた当時の人々には、衝撃的な教えでした。神様は、すべての人が救われることを願っておられます。この当たり前がすべての人々の人生の土台であり、このみ言葉を宣べ伝えることこそ、教会とキリスト者の使命であることを、もう一度心に留めましょう。

エペソ24-6

しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。――キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。

2012.5.13(皐月) NO.364 

春日部福音自由教会 山田豊

2012年5月 9日 (水)

凧々上がれ!

お待たせしました。5月5日、内牧公園での凧揚げです。今年は、天候不順のために、庄和地区での大凧祭りは中止となり、小さな凧しか揚がらなかったようです。

しかし凧は揚げるもの!大凧マラソン女子ハーフの4連覇を記念して、ほとんど無風状態の中、凧あげにチャレンジ。と、そこにカメラマンの姿が。何とその方は以前からの知り合いの方ではありませんか。厚かましくも撮影をお願いすると、快くカメラを向けてくれました。その中のベストショットです。走っているのが、庄和会堂担当の小野牧師、それを見上げているのが、伊藤夕子さんです。このとき以外ではなかなか凧が揚がらず、貴重な一枚となりました。伊藤さんにとっても、良き記念となったと思います。来年は、是非いい風が吹いて欲しいですね。

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撮影してくださったカメラマンは、自然や風景、そして小さな昆虫に関心を持って写真家として活動しておられる、高井日年さんです。昨年の震災を写真家たちが支援している「風景写真家1000人のメッセージ」のメンバーでもあり、震災前の気仙沼港を撮った写真がアップされています。私は震災後の気仙沼しかしらないのですが、あらためて美しいところだったと思わされました。ほかにも、メッセージの添えられた美しい風景を見ることができます。撮影者名簿のた行をクリックしてご覧ください。あらためて、被災された方々も、凧のように天高く希望を持って立ち上がってくださるよう、お祈りいたします。

2012年5月 7日 (月)

たこ揚げ

先ほど、内牧公園で出会ったカメラマンさんが、すてきな写真を持ってきてくださいました。もっとすばらしい一枚があるのですが、それは後ほどアップできるかも?

Tako

2012年5月 6日 (日)

派遣

2012.5.6(皐月) NO.363 

神による派遣 

 使徒131-12

使徒13章より、教会の宣教は、当時の地中海世界に広まっていった様子が描かれるようになります。中心となる教会は、弟子たちが初めて「キリスト者」と呼ばれたアンテオケの教会、そして宣教を中心的にになうのは、ダマスコ途上で改心したサウロことパウロです。

アンテオケには、人種や職業を超えていろいろな人たちが集まっていました。彼らが礼拝をしているとき、聖霊がバルナバとパウロを神様が召した働きに遣わすように言われました。彼らは断食と祈りを持ってこのことが神様から出ていることを確信し、二人の上に手を置いて公の働き人として送り出したのでした。神様は、ある人(たち)に、宣教の働きの重荷を与えます。それが神様からの召しかどうかを教会に確認させて、送り出すのです。二人は、いわばキリスト教会初の宣教師として、派遣されたのでした。その働きを通して、教会全体が福音を述べ伝える交わりに預かるのです。

ピリピ15 

あなたがたが、最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかって来たことを感謝しています。

彼らのこの働きは、今日では第1回伝道旅行と言われています。アンテオケから港町のセルキヤに下り、そこから船でキプロス島に渡りました。ここは、バルナバの故郷です。気心の知れる、主にある兄弟姉妹がいたことでしょう。サラミスでは、同胞のユダヤ人の会堂に行き、そこから伝道を始めました。主イエス様も、まずカペナウムの会堂でみことばを語ったことを思い起こさせます。

島の全体を巡った後、パポスに行きました。この町は中世イタリアの画家サンドロ・ボッティチェリによる絵「ヴィーナスの誕生」に描かれているように、美と愛の女神アフロディーが生まれたと言われる町です。いわば、ギリシャ、ローマ神話が伝えられている地であり、そこで偽預言者である占い師のバルイエスと出会ったのです。ここでは、パウロは彼の偽りを見抜き、バルイエスはしばらくの間盲目になってしまい、そのことを見た地方総督が信仰に入ったと、書かれています。

福音を述べ伝えることは、いつもその地方にある文化や宗教との出会いです。かつて日本の宣教は、日本の文化や伝統、宗教的営みを頭から否定するものだったと思います。今日では、宣教地の文化や伝統を大切にしつつ、聖書に照らして良きものを受け止めつつ、みことばを語ることが必要であると考えられています。一人一人のキリスト者は、主の証し人として主イエス様から遣わされているのです。

ヨハネ2021 

イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」

2012年5月 5日 (土)

ハイタッチで完走!

GWの5月4日、昨年は震災のために中止となった、春日部大凧マラソンに出場しました。教会の仲間と共に、ハーフの部にエントリーです。今年で24回目ですが、年々参加者が増えているということで、合計10279名のエントリーがありました。私は50代男子の部でしたが、その部門だけでも1137名、去年より89名の増加です。

結果は画像の通り、何とか完走することができました。目標タイムの2時間30分を切ることができ、初ハーフ挑戦としては良かったと思います。しかし、右足膝の関節が痛くなり、今もアイシングしながらこのブログを綴っております。こういうところが、まだまだ未熟なんですね。で、我らが市民ランナー伊藤夕子さんは、一般女子の部でダントツの1位、4連覇を成し遂げました!之はすごい。副賞の大凧をいただき、翌日のピクニックでは、その偉業を祝ってたこを揚げました。あいにくの無風状態で、Kさんが一生懸命走ってあげてくれました。庄和会堂の小野先生と一緒に、撮りました。ちょうど知り合いのプロカメラマンが来ており、たこを揚げている見応えのある写真を撮ってくださったので、感謝でした。神様のすてきな計らいでした。

Marathon_002 Picnicムービー→たこ揚げ

今回完走できたのは、沿道の人たちの励ましです。教会の方々が、それぞれのところで声を掛け、プラカードや旗を掲げて応援してくました。それだけでなく、見知らぬ方が明らかにばてている私を見て、声を掛けてくれたのです。12キロを過ぎ、大凧会館の見える江戸川の土手を走っているとき、この辺でもうやめようという思いに駆られました。関門を過ぎて県道におりてきたころには、足が思うように動かなくなり、歩いているのか走っているのかわからない状況に。しかし、ゴールまであと3キロほどのところで手をかざしている親子(祖母と孫?)を発見。この3人とハイタッチしたとき、不思議と力がわき上がってきました。その後は教会のMくんを追い越して、そのままゴールすることができたのです。応援の力って、すごいですね。心の中では、イエス様にハイタッチした気分でした。

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。ヘブル人への手紙12:1

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