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2012年6月

2012年6月29日 (金)

教会とお寺~教役者会総会にて

日本福音自由教会に属する教職の方々が集う、教役者会総会といういかにもお堅い名称の集まりが、6月25~27日、浜名湖ロイヤルホテルにて開かれました。お互いの親睦と共に、シンガポールで祝福された教会形成をされ、世界的にも用いられているエドモンド&アン・チャン先生ご夫妻を講師にお招きし、研修の時を持つことができました。

二日目の午後はオプションプログラムで、私はお寺観光ツアーを頼まれてしまいました。ほぼ毎年訪ねているお寺で、臨済宗妙心寺派の龍潭寺といいます。大老井伊直弼で有名な井伊家の菩提寺となっているお寺です。本堂の裏手には、小堀遠州作と伝えられる庭があり、その前に座って静まる時を持つのが、いいんですね。

昨年伺ったときはちょうど修復作業の最中で、そのときおられた副住職のM師と知り合いになったので、そのつてでツアーを頼まれたわけです。牧師の研修会でこのようなことが企画されるようになったことは、私としてはちょっとうれしいですね。もっぱら日本人に福音をお伝えしているわけですから、同胞の思いや心を知ることに通じますし、自らが静まるときにもなるわけです。

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副住職の説明の中で、「ナツツバキの花が苔に落ちた様を見て無常を感じるのが仏教、復活はありません。キリスト教は復活ですね」とあったのが、印象的でした。もっとも、聖書の中にも、無常を覚える箇所はありますよ。

帰り際には、ちょうど帰ってこられたご住職と出会い、K先生が「永遠の命って何ですか?」と問われ、しばし問答になったそうです。仏教には復活という考えはありませんが、往生があるということで、勉強になったと言うことでした。

秋田で訪れた北鹿ハリストス正教会と、この龍潭寺で、改めてイエス様の復活に思いを潜めた時となりました。

2012年6月24日 (日)

信仰か行いか

信仰による祝福 ガラテヤ3:614

かなり以前に、「あなたの神は小さすぎる」という本を読みました。内容は忘れてしまいましたが、そのタイトルが記憶に残っています。聖書の示す神さまはすばらしく大きな方なのに、凹レンズで見ると物が小さく見えるように、自分勝手な見方で神さまの祝福を小さくしてはいないかという、信仰生活を点検する本であったたような気がします。

パウロやバルナバの伝道によって、イエス様を信じる人たちが起こされ、教会が誕生しました。小アジアのガラテヤもその伝道の初期に教会ができた地域で、ここにいる信者のために書かれたのが、ガラテヤ人への手紙です。この人たちは、イエス様を信じその信仰にとどまるよう教えられていたのですが、いつの間にかほかの福音(1:6)に移ってしまい、イエス様が見えなくなってしまいました(3:1)。イエスを信じる信仰によって、神さまの恵みの故に救われ義とされるのに、律法を守ることによって救われると説く、異なる教えに惑わされてしまったのです。信者のこのような姿を嘆き、イエスを信じる信仰に立ち返ることを願って書かれたのです。鎌倉時代の後期、親鸞の教えと異なる教えが流布していることを嘆き、正しい教えに立ち返るよう願って弟子の一人(唯円)によって書かれたのが歎異抄です。ガラテヤ人への手紙は、キリスト教版の歎異抄と言えるかもしれません。

パウロは信仰によって救われること、義とされることの例証として、当時の人たちがよく知っている信仰の父、アブラハムを思い起こさせます。彼は、神さまを信じ、その信仰によって義と認められたのです。確かに彼の行いも評価されていますが(ヤコブ2:2024)。しかし、信仰が先に来るのです。他の人を愛するから、愛の人になるのではありません。人を愛せないような者なのに、イエス様がまず私たちを愛してくださった故に、他の人を愛することができるようになるのです(1ヨハネ4:10)

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

イエスキリストのあがないこそ、私たちの救いの根拠であり、教派の違いを超えて、キリスト者が一致できるところです。

もし私たちが信仰を抜きに行いを優先したり、信仰と不信仰の間を揺れ動く自分を責めることだけであるなら、ますます不信仰に陥っていくことでしょう。また、この世界には不条理なことがおこり、神の御心を知り尽くすことはできません。元々この世界は、闇であったのです(創世記1:2)

そのような中にあっても、アブラハムのように神さまを信じ続ける者は、神様の祝福を賜物としていただくことができるのではないでしょうか。この祝福は、人の思いもよらぬ大きなものなのです(3:14)

このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。

2012.6.24(水無月) 中央会堂

2012年6月23日 (土)

おまけも良かった~秋田研修ツアー第3日

あっという間に最終日となってしまいました。宿でいただいたパンフレットで本日の行き先を確認しようとしたところ、M牧師が行き先の途中に教会があるのを発見。北鹿ハリストス正教会と書いてありました。福音自由教会は西方教会の流れですから、自分たちとは違う東方教会ということで、之は一見の価値があるのではないかと連絡を入れると、急なお願いにもかかわらず見学させていただけることとなりました。

カーナビでたどり着いた先は、日本ハリストス正教会に属する教会で、北鹿ハリストス正教会曲田福音聖堂といい、手狭になった祈祷所の代わりに明治25年に建造された歴史のある教会でした。この教会で有名なのは、神田にあるニコライ堂でしょう。正式には、東京復活大聖堂といい、正教会ではイエスキリストの復活を強調した信仰のように思います。

この聖堂は、かわいらしいほど小さな教会ですが、丸天井の建物で、上から見ると十字架状になっており、秋田杉で作られた木造ビザンチン様式建造物です。何より驚いたのは、日本最初のイコン画家として知られる山下りんの作品が18点も飾られており、今も用いられているということです。ニコライ堂に寄贈された彼女の作品は関東大震災で失われてしまいましたから、彼女の初期の作品がここに多く収められていると言うことになります。
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福音自由教会のような教会から見ると、イコンは偶像礼拝の対象物でNG,ということになりがちです。しかし、この聖堂を管理しておられるK輔祭の丁寧な説明により、私の持っている正教会への認識が変わりました。イコンは神へ祈るための窓のようなものであり、その神は三位一体のお方であること、この聖堂に椅子がないのは、立つ姿勢こそが祈りであり、目を開けてイコンと正対することによって真の神に祈ることができるということでした。何よりも、頭だけでなく、五感によって神との交わりを体験することが大切にされている事を知りました。

次の訪問者を庭にお待たせしてしまったほど長く説明していただき、お終いに一緒に主の祈りを祈ることができたのは、まことに感動的な体験でした。
このおまけは、前日の小助川先生のお話と並ぶ、大きなお土産となりました。

その後、小坂町を抜けて青森県に入り、迷ケ平(マヨイガタイ)でキリスト餅を食べ、新郷村のキリストの墓を見学し、奥入瀬渓谷をしばし歩いて乙女の像にも出会って、帰路に就きました。到着は14日の午前1時前という、弾丸ツアーとなりました。

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本体も、おまけも魅力たっぷりの研修ツアーとなり、未だその余韻に浸っております。神さまの造られた世界と教職の先生方との出会いを通し、福音を理解しなおす貴重な体験となりました。

2012年6月22日 (金)

千利休のわび茶って何?

7月に、市民文化講座を開講いたします。定員に限りがありますので、お申し込みはお早めに。お茶とお菓子をいただきながら、ゆったりとお話をお聞きください。

「bunka_1.pdf」をダウンロード

2012年6月20日 (水)

宣教の情熱をいただく~秋田研修ツアー第2日

6月12日は、今回のツアーの目的である、小助川次男先生を訪ねる日です。秋田温泉さとみの朝食は、地元の山菜が中心のバイキングで、大変おいしいおかずが並んでいました。普段の朝食はみ言葉とお抹茶の私も、何とご飯のおかわりをしてしまうほど、誘惑に満ちた(?)朝のお食事でした。

お約束の10時に、先生が牧会しておられるシオンの丘秋田教会に到着し、20年以上の時を超えて先生ご夫妻と再会いたしました。ご夫妻が私のいる丘の上のに来られたのは、桜がまだ家内のおなかの中にいるときでしたので、本当に久しぶりという感じでした。小助川先生は、秋田に生まれ、18歳の時に聖書を自ら読むようになってイエスキリストを信じ、その後牧師になられた方です。その間に、東北大学で心理学を学び、仙台市内に住んでいる間に教会の群れが作られ、留学を経て、さらに研修を深められました。ラジオでの福音放送、総動員伝道での講師など、日本の教会の伝道と成長のために生涯を捧げてこられました。

先生の中心にある考えは、聖書のすばらしい世界を、日本人の心と生活に届くように教え、導くことだと思います。そのために、誤解や批判を恐れず、自らの確信に従って、奉仕をしてこられました。私が読んだ中では「信仰と不信仰の間」は、揺れ動き悩みの中に私の大きな助けとなった本です。お話しの途中でいただいたきりたんぽは、大変美味で、これはもうここでなければいただけない絶品でした。比内鶏の肉と共に、肝が入っており、深いこくのある汁が、おなかから体いっぱいに広がる感じでした。奉仕してくださった姉妹方、ありがとう!

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まだまだお話しが続きそうな学びでしたが、時間の関係で教会を後にし、先生が初めに伝道された秋田めぐみキリスト教会を見学し、二日目の宿への向かいました。この日の宿泊は、大館市にある秘湯の宿「日景温泉」。硫黄の成分たっぷりの源泉掛け流しの湯につかり、床に入ると瞬く間に眠りに落ちてしまいました。

2012年6月18日 (月)

日本海の夕日~秋田研修ツアー第1日

他教会の先生を訪ねる旅も、いろいろな方々をお訪ねしました。今回は、北海道に三橋先生ご夫妻を訪ねて以来の遠方、秋田をめざしました。

秋田に生まれ、秋田で伝道牧会に今もなお励んでおられる小助川次男先生を訪ねるツアーです。

11日の午前7:30分、春日部の3人の牧師と、二人のM先生が加わって5人の旅です。東北自動車道では、長者原SAで昼食を取りましたが、昨年の4月に宮城入りしたときにビバークした場所でした。いまなお、困難の中にある、東北の方々のことを思いつつ、秋田へと向かいました。夕方4じごろ、小助川先生お薦めの宿、秋田温泉さとみにチェックイン、そっさくおふろへ。柔らかなお湯で、ほっと一息つくことができました。設備の整った、快適な宿です。

日本海の夕日がみたいということで、秋田港に向かいました。日の入りおよそ30分前に到着し、秋田タワーで夕日が見られることを知って、100メートの展望台へと登りました。格好のデートスポットにもなっているようで、カップルの姿も見られます。それはさておき、男鹿半島に沈みゆく夕日を堪能いたしました。

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その後は、秋田郷土料理を食べに市内の料理店街に直行。しょっつる鍋や比内鶏の串焼き、あきたこまちに男鹿半島の塩で味付けされたおにぎりなど、たらふくいただきました。締めは、ラーメンと稲庭うどん。ちょっと微妙な味でしたが、大いに秋田を味わって宿に戻りました。明日の研修に思いをはせて、床に入りました。

2012年6月17日 (日)

思いがけず・・・今日は父の日でした

今日は父の日でした。とかく、母の日よりは何となく影の薄い日では、あります。

自分もほとんど意識していなかったのですが、娘から思わぬプレゼントをもらいました。カバーを開けると(開ける前からわかりましたが)、ギターが入っていたのです!以前使っていたギターが倒れて、ネックの部分が壊れてしまい、修理に結構かかることがわかっていたので、そのままにしておりました。そんなことを見かねてか、あるいは他の思いがあってか、ギターを買ってくれたのでしょう。中古ですが、その心がうれしかったですね。早速、春日部にあるS和楽器でさん(ちなみに店長さんは、丘の上で結婚式を挙げられた方)で、教会のIさんに勧められたエリクサーの弦を張りました。前のギターのナットに取り替え、記念に撮ったのが、下の画像です。

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自分が娘くらいの時、はたして父親に何をしてあげたかな?と思うと、まことに心許ないです。こちらで身勝手な暮らしをしており、牧師になってからも、父を喜ばすようなことはほとんどしない、親不孝な息子でありました。そんな父を偲んで、今日はしみじみと夜をすごしてみようかな?

目を離さないで

信仰にとどまる 使徒14:19-28

先週の月曜日から水曜日まで、合計5名の牧師先生方と、秋田研修ツアーに出かけて参りました。おいしいお食事と深い森の新緑の風景は、心も体もリラックスさせてくれました。そして何よりも、彼の地で福音に生き、そこにとどまって福音を宣べ伝えておられる教職の方々との出会いは、これからの伝道者としての生涯に、貴重な学びを提供してくれるものとなりました。

さて、ようやく騒ぎの収まったルステラに、パウロたちをよく思わないユダヤ人たちが来て、群衆を巻き込んでパウロを石打にしてしまいました。幸い彼は気を失ってしまいましたが命は助かり、バルナバと共にデルベへと向かいました。苦難が襲ってきても、福音を宣べ伝えるとの姿勢は、変わりませんでした。そこで多くの人を弟子とし、之まで通ってきた町を逆にたどってアタリヤまで下り、そこから船に乗って出発地であるシリヤのアンテオケへと帰って参りました。そして、之までの伝道の働きを振り返って、神様が異邦人にも信仰の門を開いてくださったことを感謝を持って報告したのでした。ここに、パウロの第1回伝道旅行は、終了いたしました。

デルベは、ローマ帝国においては最も東に位置する町です。彼がこのとき回った小アジアは、主に南ガラテヤの地方でした。(北ガラテヤとする説もある)

デルベでパウロが弟子たちに語ったことは、信仰を全うして神の国に入るには多くの苦難を経なければならないが、神様が開いてくださった信仰にとどまるようにということでした。22節の「とどまる」という言葉は、信仰にしっかりと根ざすと言うことであり、英語で言えば、飛行機の搭乗予約や売買の契約を確定する、というような意味になります。そのために、教会ごとに長老を立て、後には再訪問や書簡を送ることによって、彼らの信仰を励ましました。

信仰にとどまって神の国に入るまでには、多くの苦難を経なければなりません。パウロは、命を失うかもしれないという苦しみを数多く経験しました(2コリント11:24252テモテ3:11)。教会のことを思うが故の、苦しみもありました(2コリント11:28)。何よりも、自らの内面における葛藤、信仰者故の苦しみを生涯持ち続けました(ローマ7:24)。之は現代の私たちの苦しみとも、言えます。

私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。

この地方に送ったと思われるガラテヤ人への手紙は、信仰から離れてしまった弟子たちを嘆き、気遣い、信仰にとどまることを願って書かれた書簡です。私たちにも、突然起こる苦難や、自分の中にある信仰の葛藤があります。果たして神の国に入るまで信仰を全うできるのか、まことに心許ないものを感じます。それゆえ、イエス様のみ言葉に心を留めて、新しい週も歩んで参りましょう。

ヘブル12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

2012.6.17(水無月) NO.369 

2012年6月14日 (木)

やはりオオタカだった

10日にアップした画像を、市役所を通して生態系保護協会のMさんに見ていただきました。「オオタカのようです」とのことでした。

また、ブログを見てくださったネイチャーフォトの達人、Tさんがレタッチをしてくださり、画像を送ってくれました。はっきりと出ていますね。感謝します。鳩を飼っている方にはかわいそうでしたが、之も自然の営み。両方たくましく、育って欲しいと願います。

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2012年6月10日 (日)

オオタカ出現

今朝、礼拝前に求道者の庭に出ると、見慣れぬ鳥とばっちりと目が合ってしまいました。滝の右下の隅に、なにやら獲物を捕らえている様子。急いでデジカメを取って、写真を撮りましたが、なかなかうまく撮れませんでした。

ご近所で鳩を飼っている方に画像を見ていただいたところ、今朝鳩がやられ、カラスの群れがやってきたとのこと。写真に写っているのはオオタカで、こいつが鳩舎に入って悪さをしたのであろう、とのことでした。鳩さんが、かわいそうになりました。

それにしても、こんなところにも、オオタカが出没するのですね。市役所のKさんのお話では、内牧に生息しているオオタカがえさを求めてきたのではないですか、とのことでした。画像は、大きくしてご覧ください。飛び立った瞬間は、翼がかろうじて入っている!

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癒やされる信仰とは

生ける神に立ち返れ 使徒14:8-18

反感を持ったユダヤ人たちを逃れて、パウロとバルナバはイコニオムから40キロほど西にあるルステラにやってきました。そこに、生まれつき足の不自由な男の人がいました。彼はパウロの語る言葉に耳を傾けていましたが、パウロの言葉によってその不自由な足が癒やされるという出来事が起こりました。この男には「いやされる信仰」があったのです。

9節の「耳を傾けていた」とは、全身を耳にして聞いている、パウロの語る言葉を一言も漏らさず聞いていた、というニュアンスがあります。ここに、この男の信仰を見ることができます。福音書にも、イエス様がその人の信仰の故に癒やしのわざをされたことが記されています。4人の人に連れられてきた中風の人(マルコ2:5)、長血を患っていた女性(マルコ5:28)、罪深い女の癒やし(ルカ7:50)などです。そしてこれらの物語は、体の癒やしよりもその人自身が癒やされること、すなわち、罪が赦されて神様との交わりを回復しその人らしく生きるものとされた事を示しています。私の父は、幼い頃から片足が不自由でした。60歳を過ぎてイエス様を信じる者とされましたが、その足は癒やされませんでした。しかし幸いな晩年を過ごすことができ、今年召されました。信仰の故に生ける神に立ち返り、天国の希望を持って、生涯を全うできたのです。

この出来事を見た人々は、まるで二人が神々の姿を取って降臨した特別な人たちだと感激してしまいました。そして彼らを神としてあがめ、牛を引いてきて生け贄として捧げようとしたのです。この地方の習慣であったのかもしれません。ふたりは、自分たちは彼らと同じ人間であり、むなしい偶像礼拝から生ける神に立ち返るよう伝える者であると、人々を説得しました。ヘルメスとは、神々の使者、メッセンジャーのことで、ルステラの人々は、パウロが説教をする人だったので、このように呼んだのでしょう。彼はそのことを受け止め、「私は生ける神に立ち返るよう人々に福音語っているメッセンジャーである!」と言ったわけです。彼の語った説教は、即興だったでしょうが、ルステラにいる異邦人たちの理解できるところから初めて、天地を造られた真の神がおられ、この方に立ち返ることがむなしい生き方から解放される道であることを伝えたのでした。

パウロは、自分は神や天使ではなく、皆さんと同じ人間であると言いました。メッセージを語る者は、聞き手と同じところに立たなくてはなりません。実に、私たちの主は、人としてお生まれになって生涯を送り、十字架で処刑されるという、人として最も低いところにまで下ってくださったのです(ピリピ2:6-11)。それ故、このイエスの言葉をあの足の不自由であった男のように希望を持って聞く者は、生ける神に立ち返る幸いな生涯を送ることができるのです。

ヘブル9:13 

まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。

2012年6月 6日 (水)

来ました!金星~太陽のほくろ?

厚い雨雲に覆われ、太陽と金星と地球が一直線上に並ぶという天体ショーを見ることができませんでした。部分月食もよくわからなかったので、ちょっとがっかりしていたのですが・・・・・

来ました!敬愛する髙井さんから、すてきな画像が送られてきました。ありがとう!

以下、ご本人のコメントです。

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朝から雨交じりの天候に、金星撮影は諦めていましたが、仕事終え、11時半近くに帰宅、11時40分ごろ薄日が射し始めたので、急いでカメラをセッティング、連続20~30カット撮影したところで雲におおわれ撮影終了。画像確認の時間も無く、昼食を済ませ午後に治療に。3時過ぎに戻り、フォトショップで画像確認するとアンダー(暗い画像)ながらも、写っていました。

2012年6月 3日 (日)

新しい教えは、いつも危うい

御恵みのことば 使徒14:1-7

通信販売の広告には、お手軽に・・できます、という言葉がよく聞かれます。確かに手軽にお掃除がはかどったり、体が丈夫になったり、庭の手入れができるようになれば、大変便利なことです。

しかしそのような中には、危うさ差があります。旧約の予言者エレミヤは、手軽に癒やし癒やされることを戒めています(エレミヤ6:14)

彼らは、手軽にわたしの民の傷をいやし、平安がないのに『平安、平安』と言っている。

福音を宣べ伝えることは、安易な癒やしを人々に提供することではありません。宣教そのものが、宣べ伝える事の楽しさはあっても、困難を伴うことでもあります。イコニオムへと進んだパウロとバルナバは、ここでもユダヤ人の会堂に入り、福音を語りました。ユダヤ人もギリシャ人も大勢の人々が信仰に入りました。宣教の成果が上がったように見えました。

しかし信じようとしないユダヤ人は異邦人をそそのかし、兄弟たちに悪意を抱かせました。二人はそのような状況の中でもみ言葉を述べ伝え続け、ついに町は彼らに着く側と、ユダヤ人につく側とに二分され、二人を石打ちにしようとの陰謀が企てられるほどになりました。

福音が宣べ伝えられるところ、それを信じるか否か、聴衆は決断を迫られます。之はどの宗教でも言えることでしょう。いわば、その教えを信じるか信じないか、受け入れるか拒絶するか、究極の決断をしなくてはならないということです。このようなことが、人々を巻き込んだ紛争や戦争に発展するので、宗教は危険である、悪い物であると考える人は少ないでしょう。しかし、このようなときの起きる争いの原因は、その教えの違いではなく、それを受け止めた人たちの心の中にある考え方の違いです。二人の語っていることを信じなかった人たちは悪意を持ち、彼らが逃れたルステラにまで追いかけてきました(19)。日本でも、鎌倉時代に起こった新仏教(浄土宗、浄土真宗、法華宗など)が弾圧されたのは、旧仏教派(天台宗、真言宗など)やそれを信奉する人たちからの悪意から出たという面もあったと思います。まさに、人の心から出てくるものは、悪意が第1番なのです(マルコ7:21-23)

内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人~

確かに福音、聖書のみ言葉は諸刃の剣です(ヘブル4:12)。聞いた者は、リスポンスを求められます(ヨハネ3:1718)。しかし二人が語った福音は、それを信じない人をも救いに導くみ言葉です。互いの信仰や主義主張が違っていてもそれを認め、評価することは優しいことではありませんが、神の恵みがそこにあるのです。私たちが悪意を捨てれば、御恵みのことばのすばらしさを知ることができるでしょう。

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