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2012年7月22日 (日)

あなたの重荷は、イエス様がになう

主のくびきを負う 使徒15:6-22

激しい論争があって後、ペテロが立ち上がって異邦人が救われたことを証ししました。ローマの百人隊長であったコルネリオの回心が、彼の心にあったことでしょう。神さまは公平な方で人を偏り見ることなく、すべての人の救いを願っておられる(1テモテ2:4)ことと、異邦人に対して自分たちの先祖でも負えきれなかったくびきを負わせようとしていることを、非難したのです。

続いて、パウロとバルナバも、神さまが異邦人たちに対してしてくださったことを訴えました。集まった人々は、彼らの話をじっと聞き入った事でしょう。

ここに至って、主イエスの弟であるヤコブが、旧約聖書を引用して語りました。16-18は、イザヤやエレミヤ、アモスといった預言者たちの言葉です。それは、かつてイスラエルの民は神を礼拝するために天幕や神殿を作りましたが、それらは破壊されてしまった。しかしそれが「教会」と呼ばれる共同体によって新しくされ、異邦人も救いに導かれる、これは、神さまが以前から願っておられたことである、という主張です。異邦人も救われるという事にと惑っているユダヤ人に対し、このようなことこそがあなた方の信じている神さまのみ旨である、だからこれを受け入れなさい、と言っているのです。

そしてヤコブは、4つの具体的なことを提案しました。第一は、偶像に供えた物を避けることです。もともと真の神さまの前に、偶像といった神はないのですから、これは良心の問題として取り上げるべきで、他の人のつまずきにならない行動を取ればいいということは、のちにパウロが語るところです(1コリント10:14-29)。また、第二の不品行を避けるとは、特に近親相姦を戒めている言葉と取ることができ、神の造られた結婚や家庭の秩序を守ることです。第三、第四の絞め殺された物と血を避けるということは、食物に関する律法ですが、この時代においては血に象徴される命を尊び、虐殺を避けることを語っています。これらの律法は、レビ記1718などに詳しく語られています。

このようなことは、誰にでも当てはまる原則的なことですから、異邦人もこれらのことを守り、ユダヤ人キリスト者もそれ以上のことを負わせて彼らを苦しめてはいけないというのが、ヤコブの主張でしょう。これは書簡にして、アンテオケ教会に届けられることとなりました。

キリスト者は、罪の奴隷から救われたものであり、再びそのくびきを負うことはないのです(ガラテヤ5:1)。主は、私たちの重荷を解き下ろし、イエス様のくびきを負って学ぶ新しい道を示されたのです。

マタイ11:28-30

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ますわたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

2012.7.22(文月) NO.372

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