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2012年8月 5日 (日)

すべてのことを益とする

波乱の船出 使徒15:35-41

本日の箇所より、パウロによる第2回伝道旅行に入ります。今年の元旦礼拝の説教題は「新しい船出」というものでしたが、この伝道旅行の船出は波乱に満ちたものとなりました。伝道のパートナーであったパウロとバルナバが激しい反目となり、それぞれ別のルートで出かけることになったからです。

アンテオケにしばらく滞在していたパウロは、小アジアの教会の信者たちを訪ねることをバルナバに提案しました。名前の書き方の順番が変わり、これからはパウロの働きが中心になっていきます。信者の信仰が励まされるのは、以前も学んだように、互いに集まり顔を合わせる交わりによってなされます(ヘブル10:2425)。それは今も変わらないことでしょう。

ところがバルナバがマルコを連れて行くことを提案したために、二人の間に激しい反目が生まれてしまいました。かつてマルコは、二人の伝道について行きましたが、途中で帰ってしまったということがありました(使徒13:13)。パウロから見ると、このようなことは任務の放棄であり、伝道者としては失格者なのです。確かに、与えられた任務をどんな理由にせよ放棄してしまうことは、良いことではありません。何とかしてやり遂げるために、自らを鼓舞してその働きに邁進することは大切なことです(1コリント9:27)。パウロの厳しさが表されています。それに対してバルナバは、若いマルコにもう一度チャンスを与え、伝道旅行を助けてもらうというよりは、彼を再訓練しようと思ったのではないでしょうか。その名前の通り、バルナバが慰めの子であったところから来た提案でした。

同行者を誰にするかという問題について、互いに譲りませんでした。伝道旅行に賭ける、二人の思いの熱さを感じるところです。結果として、二人は別れ、バルナバはマルコを連れてキプロスへ、パウロはシラスを連れて小アジアへの出発しました。どちらも伝道の旅を取りやめることはしなかったのです。そしてその後の様子を見ると、マルコの働きはパウロにも評価されるところとなり、この激しい反目は解消され、二人は互いに和解していったことがわかります。最晩年のテモテの手紙には、マルコはパウロにとって「私の務めのために役に立つ」ものとなっていったのです(2テモテ4:11)。波乱の船出でしたが、祝福された伝道の旅となったのです。

キリスト教2000年の歴史は、まさに多くの教派が生まれた歴史です。必ずしも教理が違うので分かれたのではなく、人間関係を巡って分かれたこともあったでしょう。分裂分派の歴史であっても、福音があらゆる仕方がで述べ伝えられ、人が救われているなら、そこに喜びがあります。根本は、変わらないからです。

波乱の船出をしたパウロは、実際様々な苦難を経験しました。しかし彼の喜びは、福音が宣べ伝えられていることだったのです。

ピリピ1:18 すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。

春日部福音自由教会 山田豊

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