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2012年9月

2012年9月29日 (土)

あの小倉山に温泉が!

娘の桜が免許を取り、中古の車も届いたということで、親子で初ドライブに行って参りました。あまり遠くなく、高速も使い、家内の温泉に入りたいという希望を満たすところを探したところ、「日光小倉山温泉」が見つかりました。

なんとそこは、かつてボーイスカウトのキャンプでよく使ったところ。水場以外は何もなく、きれいな小川の流れている森の中にリスの巣のようになっている場所で、ボーイのキャンプにはうってつけの所でした。しかし、いつしかそのキャンプ場は閉鎖され、その後のこともわからずじまいでした。

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しかし今回、このキャンプ場に温泉場ができていることを知ったわけです。桜と私が運転し、昼食を挟んで、午後2時過ぎに無事到着。フロントのお嬢さんのお話では、キャンプ場はなくなり、民宿であった山荘も閉鎖されたとのこと。しかし地形の調査をして、10年ほど前に温泉を掘り当て、ここに「小倉山温泉」としてオープンしたとのことでした。

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早速入ってみると、ブナやクヌギの林の中に造られた露天風呂は湯加減も良く、ゆったりと休めます。内湯には、各種のシャンプーが用意され、汗を落とすことができました。大変懐かしいところで、しばし散策。赤くなりかけた紅葉と、トンボの飛ぶ姿に、小さい秋を見つけたうれしい気持ちになりました。

2012年9月28日 (金)

千利休のわび その2

 9月26日、ふれあいキューブ4階の会議室で、第2回目の市民講座が開かれました。日当たりの良い明るい広いスペースで、ゆったりとお話を聞くことができました。  

 今回のゲストは、漆芸の人間国宝である増村紀一郎先生。参加者に目を留めながら、すこぶる自然体でご自分が漆芸に打ち込むようになったことをお話しくださいました。講師の髙橋先生からは、「利休のわび茶その2」として、人生の生き方、死に方に迫る講演がなされました。会場には、11月の伝統的工芸品in春日部の主催者である島田氏も来会されており、講座のあとは関係者でその話し合いがもたれました。

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 第3回目(11月14日)のゲストは、菓匠青柳の当主、小川一博さんがお菓子の魅力を語ってくださいますので、どうぞお楽しみに。

 なお、今回もお二人のお話をK田さんがまとめてくださいましたので、こちらからご覧ください。

お話し 増村紀一郎先生→「Masumura.pdf」をダウンロード

講演 髙橋敏夫先生→「Takahashi.pdf」をダウンロード

2012年9月25日 (火)

還暦?!

9月25日は、私の誕生日である。しかも、還暦らしい。

還暦とは、数え年で61歳、またその祝いということだ。現在では満年齢を使うことが多いことから、満60歳を還暦とすることが一般的らしい。そういう意味では、今年の925日が還暦であり、辞書通りに取れば、じつは去年が還暦だったということになる。いったいどっちなのだ?

語源で考えると、還はかえる、もどるという意味で、暦は干支を意味する。60という数字は、甲子(きのえね)から始まる十干十二支の組み合わせが60通りある事から来ている。今年は、壬辰(みずのえたつ)ということになっている。

これらの説明はすべて、聖書に基づくものではない。辰は、龍または竜のことで、黙示録によればサタンを表す日本語の表現である。そうであるのに、教会でも「先生、還暦ですね!」と声を掛けられたり、「え~、山田先生が還暦!うっそ~!YLCの時から変わらない。」と言ってくれる方もある。まさに、日本文化の中にあるクリスチャンというところか。

しかし私の方こそ、「うっそ~!」と言いたい気持ちなのだ。つまり、自分が60歳になるということを受け止められていないという感じなのである。あえて、生まれた時に帰る、もどるという意味をみ言葉に照らせば、もう一度子どものようになる、あるいは、生まれた赤ん坊のようになる、ということだろうか。このあたりで、自分の還暦を府に落としたいと思う。

「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。」1ペテロ2:2

2012年9月23日 (日)

お母さんのおなかにいる赤ちゃんのように

神の中にある 使徒17:22-34

西遊記の中に、孫悟空が金斗雲に乗って遠くへ走り、そこで見つけた柱に自分の名前を書いて得意になって帰ってきて報告をしたら、それはお釈迦さまの指に書いた名前だったと言う話があります。己の小ささ、お釈迦様の大きさを感じさせるお話しであり、人は皆その手の中にあるということでしょうか。

アテネのアレオパゴスの丘の上に立ったパウロは、集まった人々の宗教心のあついことに目をとめ、そこから聖書の示す神について語りました。

神は天地の主であり、人に命を与える方です(2425)。誰もが神によって造られいのちを与えられているので、ある民族が優れているとか、自分は勝ちのない人間であるとか、そのようなことは無いのです。創造主がおられることがわかると、自分が今ここにいることのすばらしさを知ることができます。

神は四季の移り変わりや、国の営みをも支配し、私たちを生かしてくださっている方です(26-29)。現在、私たちの国の離島が、国境問題に巻き込まれています。そこに人間や国家の「欲」を見てしまいますが、このような事柄も、誠の神さまを求めることになると聖書は語ります(27)。国境は人間が定めた境目ですが、そもそもその人間を造られたのは神さまであることを忘れてはならないのです。それとともに、私たちも歴史を正しく学び、神さまの導きを客観的に知ることも必要となっています。私たちはこの神さまの中に生かされているのです。

真の神さまは、この世を裁く方でもあるのです(3031)。十字架で死なれたイエス様の復活が、そのことを証ししています。ですので、神さまによる最終的な裁きの前に、私たちは悔い改め、神さまに立ち返らなくてはならないのです。

パウロの語ることに耳を傾けていた人々は、ここまで聞くとパウロをあざ笑い、それ以上聞こうとはしませんでした。この世の裁きの話しと、イエスキリストの復活は、彼らにとってつまずきとなったのです。

あなたは、このパウロの説教をどのように聞きますか?だれでも、イエスキリストを信じる者は、神の家族の一員とされます。

ガラテヤ3:26「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。」

また、イエスキリストの故に、人は大きな神さまの愛の中に入れられるのです。

コロサイ1:13「神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」

これは、お母さんの胎内に守られている胎児のような感覚でしょう。私たちも神の中にあることを知るとき、平安を戴き、この方のために新しくまれることができるのです。

2012.9.23(長月) NO.378

2012年9月17日 (月)

スカウト日~奉仕

9月17日は敬老の日、でも、ボーイスカウトにとっては、全国一斉行動を行う、スカウトの日です。といっても、どこかの国のようにデモルわけではありません。各地区、各団ごとに何かしらの奉仕活動を行う、というものです。

春日部10団では、教会近くの豊春駅近辺の清掃活動、つまりゴミや空き缶拾いを行いました。合計3名での奉仕でしたので、広い地域はできませんでしたが、駅に近い藪の中にはビールの空き缶が大量に捨てられており、一つ残らず拾いました。ご近所の方が声を掛けてくださり、奉仕をねぎらってくださいました。ありがたいですね。

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スカウトの日は、セブン-イレブン・ジャパンが、協賛してくださっています。ということで、駅前のセブンの店長さんと記念撮影。良い思い出になりました。

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打ち上げは、ラム肉を買い込んでのジンギスカン。なじみの肉屋さんでも、奉仕お疲れ様ということで、おまけをしてくださいました。之もまた、ありがたいですね。丘の上に戻って、特製だれで、おいしくいただきました。今週土曜日から、二人のスカウトが研修所に入るので、その打ち合わせをして帰路に就きました。

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このようなボーイスカウトの活動が、これからも展開され、有能な社会人となるために奉仕する心を学ぶ良い機会となることを願っています。

2012年9月16日 (日)

復活の話しは、今!

あとで聞けない話 1コリント15:12-20

オリンピック種目中で、競技時間の短いレスリングや柔道には、敗者復活戦があります。最初に負けてもそれで終わりでは無く、一定の仕方で勝ち上がってくることができるルールです。元気づけられるルールですね。

パウロは、私たちから見ると福音宣教のために奮闘した偉大な伝道者の一人のように思います。「聖人」とも言われています。しかし、第2回目の伝道旅行を見ると、ヨーロッパに入ってからは一部のユダヤ人から妨害を受け、アテネでは彼の話を聞いていた多くの人が、去って行きました。コリントに着いた時には、弱さをその身に感じていたようで(1コリント2:3)、さすがのパウロも意気消沈していたのでは無いでしょうか。

このような彼を強め、再び伝道者として立たせたのは、復活の信仰でした。しかしこの復活こそ、アテネの人たちがつまずいた事だったのです。「このことについてはまたいつか聞くことにしよう」と言って、それ以上聞こうとしなったのです。そして現代人もまた、イエス様の十字架の出来事は共感し、信じることができても、復活についてはなかなか受け入れられないつまずきとなっています。

復活は、突き詰めて言えば、信じるか信じないか、聖書に書かれていることを受け入れるか否か、になってしまいます。

死人が生き返ると言うことは、旧約の時代から語られていることでしたし(詩篇16など)、アブラハムも復活の信仰を持っていました(ヘブル11:19)。イエスの時代にはパリサイ派の人たちは復活を信じていましたし、ラザロの姉マルタも復活を信じていました(ヨハネ11:24)

本日の箇所は、イエスキリストの復活は事実であり、そのことは人間の復活、信者である私たちの復活と不可分にある密接なものであることを強調しているみ言葉です。復活こそが宣教の中心であり、希望であると言っているのです。これは、仏教や他の教えには無い聖書の語るユニークなメッセージです。それゆえ、復活を信じ受け入れることが難しいです。確かに、復活は科学的に証明できることではなく、死人が生き返るというのはおぞましいことと感じる人もいるでしょう。頭からそのようなことはあり得ない、と考える人もいると思います。

パウロは、イエスキリストの復活を、収穫物の初穂や(20)、畑にまく種やからだ、月や太陽にたとえて語ります(37-41)。CSルイスのナルニヤ物語「ライオンと魔女」は、イエスキリストの十字架と復活を表しているお話しです。パウロは、何とかしてイエスキリストの復活を伝えたかったのです。なぜなら、復活は天国への希望を与えるだけでは無く、負けた感じているような人を今日生かすことができるからです。イエスキリストのよみがえりは、あとでいつか聞く話では無く、今日聞くべき神さまのメッセージなのです。

1コリント15:57

しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。

2012.9.16(長月) 武里チャペル 

2012年9月11日 (火)

あきらめない~激走24時間ウルトラマラソン

24時間、走り続けられますか?どこかの番組のことではありません。24時間走り続けてその距離を競う世界大会があるのです!

IAU(国際ウルトラランナーズ協会)公認の24時間走世界大会が、9月8,9にポーランド、カトヴィツエ市で開かれました。33カ国248名の選手が走りました。日本からは男子5名、女子3名が参加し、その一人が我らの市民ランナー、伊藤夕子さんです。このレースの様子は、IAUのホームページに1時間ごとに速報が入り、この時点では、レース結果、写真などがアップされていますので、ご覧ください。伊藤さんも映っていますよ。

さて気になる成績ですが、男子は皆さんがんばり、我孫子亮選手は個人4位、団体では5位という検討でした。しかし女子は、かなり厳しいサバイバルレースとなり、最初トップで走っていた優勝候補筆頭の工藤真実選手が背中の痛みを覚えて後退し、無念の途中リタイアとなりました。鈴木琴美選手は、現地到着時点で体調不良だったのですがスタートラインに立ちました。しかし彼女も、20キロを過ぎたところでリタイヤとなりました。

夕子さんは、出発直前にアクシデントを起こし、右足首に痛みを覚えての出場でした。痛み止めを飲んでの出走ですが、薬の切れる時間になると激痛が走り、何度もリタイヤを考えたそうです。12時間後にピットインしたときは骨が折れそうなほどの痛みを覚えたのですが、「あと12時間だけだから・・・と前向きに気持ちを切り替えた」というのです。この切り替えがすごい!私などは、30分も走れば「今日のランニングは之まで」と切り上げてしまうのですから、比べものになりませんね。結果は、24時間完走で、距離は215.793キロ、全体で67位、女子15位(女子参加104人)というすばらしい成績でした。

家ではご主人と二人お子さん、そして、お母様が応援されていたことでしょう。「応援してくださった皆様にも本当に感謝しています」とのメールをいただきましたので、無事の帰国を願い、現地リポートを楽しみにしています。

 私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を、忍耐を持って走り続けようではありませんか。(ヘブル人への手紙12:1)

●開会式の日本女子選手(左から伊藤さん、工藤さん、鈴木さん)

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丘の上敬老の集い

今年も教会やご近所の方々、そしてめぐみ幼児園関係のご高齢の方々をお招きして、第32回目の敬老の集いが行われました。

礼拝では、長き人生を歩んできたことを振り返り、やがての日、まことの故郷である天国に憩うことに思いがゆきました。めぐ幼の子どもたちの歌と暗唱聖句は、私たちに笑顔を作らせ、アンデルセン作の「腐ったリンゴ」の腹話術は、あらためて素敵な夫婦愛に心が温まりました。

会食の後は、再び礼拝堂にて音楽プログラム。今年は、玉民謡の方が奉仕してくださり、コスモス会の尺八、友情出演の方も入った、賑やかにそして楽しいひとときとなりました。そして締めはやはり「故郷」の合唱。第4番の歌詞にあるように、父のいます故郷に帰ることを希望とする事ができ、お開きとなりました。

教会の兄弟姉妹には多くの奉仕をいただき、今年もこのように集いを持つことができたことに感謝しています。さすがに疲れが出ましたが、やがて自分も招待する側から招待される側になることをなぜか感じた、一日でした。

世の旅路を終えなば 

いつの日にか帰らなん

父のいます 故郷

御子の待てる 故郷

2012年9月 9日 (日)

日本人は強い信仰を持っている?

宗教心にあつくても 使徒17:16-34

騒ぎを起こしたユダヤ人を避け、アテネに渡ったパウロはシラスとても手の来るのを待っていました。その彼の目に入ってきたのは、町の中に立つ神々の像でありそれらを奉っている神殿や祭壇でした。心に義憤をいただきながら、パウロは会堂や広場でそこに居合わせた人たち論じました。

かつてアテネはソクラテスを初めとする有名な哲学者を出した町であり、芸術スポーツにおいても優れた町でした。しかしこの当時はローマ帝国の属州の町となり、かつての反映から比べると衰退していたといわれます。とはいえ、町の広場にはエピクロス派とストア派の哲学者がおり、パウロと論じあっていました。アテネの人たちは耳新しいことを話したり聞いたりすることで日を過ごしていたらしく、パウロの語ることは外国か新しい神々の話しだと思っていました。かつてザビエルがキリスト教の宣教師として布教を始めたころ、通訳が聖書の神を「ダイニチ」と訳したために、彼の話を聞いた人たちは仏教の新しい宗派の話しだと勘違いし、その教えに耳を傾けたそうです。

パウロの廻りに集まった人たちは確かに語ることに興味を持っていたでしょうが、果たして求道心があったのでしょうか?しかしパウロは、彼らが「宗教心にあつい人たち」であるといい、彼らが「知られない神に」と刻まれた祭壇のある事を知って、口を開くのです。いわば、人々の今あるところから説教を始めた、福音を伝えたと言えるでしょう。使徒17にあるパウロの説教は、今日にも適応できる優れたものだと思います。その始まり、イントロはまさに聴衆の心や関心を掴むものでした。

確かに、ギリシャ人は多くの神々を奉り、彼らの生活に神々の存在は欠かせませんでした。それ故、パウロの目から見て、アテネの人たちは宗教心のあつい人であると映ったのでした。日本人は、宗教心(信仰心)にあついと言えるでしょうか。私たちの国においては、その評価が分かれると思いますが、外国から見ると日本人は宗教心にあついとは思われていないようです。2008年の米ギャラップ社の世論調査によると、「信仰心の強さ、日本は143カ国中136位」だったとのことです。日本人の信仰は、祖先崇拝や偉大な力を持つものへの畏敬の念、自然界にあるすべてのものに神々()が宿っていると信じる心が基礎になっているように思います。宗教心のとらえ方が、そもそも外国の人とは違うわけです。

宗教心とは、人から発して神を求める人間の思いです。しかし、人から神さまへ向かうだけでは、天地を造られ、人となられた神であるイエスキリストを知ることはできません。宗教心のあることをわきまえつつ、神が示してくださったイエスキリストと、その方の記されている聖書が、私たちを救いに導いてくれるのです。

1コリント1:21  事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。

春日部福音自由教会 山田豊

2012年9月 2日 (日)

ひとり立ちのために

聖書に学ぶ 使徒17:1-15

 子育ての目標は、子どもが親を離れて自立して生きていくことができるようにすること、一人で生きていける力をつけることだと思います。子どもの親離れ、親の子離れということでしょうか。キリスト者の成長も、その始まりは赤ちゃんにたとえられるように、成人となってからは自ら信仰生活を送るようになることが目当てだと思います。牧師や先輩クリスチャンのことば、信仰書のガイドに従うのではなく、自らが聖書に学ぶ姿勢を持つことです。

パウロの伝道の旅は、アムピリポス、アポロニヤ、テサロニケへと進んでいきました。紀元1世紀に福音が地中海世界に広まったのを助けた事の一つは、「すべての道はローマに通ず」といわれるように、主要都市を結ぶ街道が整備されていたことです。このとき通ったのは、エグナチア街道でした。

このような中で、テサロニケでは聖書に基づいて、パウロたちが宣べ伝えているイエスこそキリスト、救い主であることを語りました。イザヤ53章など、キリストは私たちの罪のために苦しみを受け、復活する事を論証したことでしょう。この話を受け入れた人たちは回心し、新しい信者となりました。ギリシャ人が多かったようです。

ところが一部のユダヤ人は妬みから騒動を起こし、彼らが泊まっていたであろうヤソンの家にまで押し入り、パウロたちを訴えようとしたのです。彼らはベレヤに逃れたのですが、そこにまで押しかけてきて、騒ぎを起こしたのです。そんな中でも、ベレヤの人たちは非常に熱心にみ言葉を聞き、聖書を調べ、信仰へと導かれていったのです。

騒ぎを起こした人たちの動機は妬みであり、彼らの主張は「パウロたちはイエスという別の王がいて、ローマ皇帝の命令に逆らうことをしている」というものでした。このようなことは、いつの時代にもキリスト者への迫害のパターンであり、戦時中には私たちの国でも見られたことでした。

しかしそのような中でも、パウロたちの言葉を聞き、聖書(この当時は旧約聖書)を調べて、語られたことを自分のものとしようとする人たちがいたのです。そのために、信仰に入る人が多く起こされ、この町に教会が生まれました。自立した信仰者の群れができていったのです。

イエス様は、「わたしのところに来て学びなさい」(マタイ11:29)といわれました。イエス様への道は、今整備されています。一人一人が聖書を読み、み言葉に聞くことが聖書に学ぶことであり、主イエス様に倣うことなのです。

1テサロニケ2:13

こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。

2012.9.2(長月) NO.376

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