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2012年9月16日 (日)

復活の話しは、今!

あとで聞けない話 1コリント15:12-20

オリンピック種目中で、競技時間の短いレスリングや柔道には、敗者復活戦があります。最初に負けてもそれで終わりでは無く、一定の仕方で勝ち上がってくることができるルールです。元気づけられるルールですね。

パウロは、私たちから見ると福音宣教のために奮闘した偉大な伝道者の一人のように思います。「聖人」とも言われています。しかし、第2回目の伝道旅行を見ると、ヨーロッパに入ってからは一部のユダヤ人から妨害を受け、アテネでは彼の話を聞いていた多くの人が、去って行きました。コリントに着いた時には、弱さをその身に感じていたようで(1コリント2:3)、さすがのパウロも意気消沈していたのでは無いでしょうか。

このような彼を強め、再び伝道者として立たせたのは、復活の信仰でした。しかしこの復活こそ、アテネの人たちがつまずいた事だったのです。「このことについてはまたいつか聞くことにしよう」と言って、それ以上聞こうとしなったのです。そして現代人もまた、イエス様の十字架の出来事は共感し、信じることができても、復活についてはなかなか受け入れられないつまずきとなっています。

復活は、突き詰めて言えば、信じるか信じないか、聖書に書かれていることを受け入れるか否か、になってしまいます。

死人が生き返ると言うことは、旧約の時代から語られていることでしたし(詩篇16など)、アブラハムも復活の信仰を持っていました(ヘブル11:19)。イエスの時代にはパリサイ派の人たちは復活を信じていましたし、ラザロの姉マルタも復活を信じていました(ヨハネ11:24)

本日の箇所は、イエスキリストの復活は事実であり、そのことは人間の復活、信者である私たちの復活と不可分にある密接なものであることを強調しているみ言葉です。復活こそが宣教の中心であり、希望であると言っているのです。これは、仏教や他の教えには無い聖書の語るユニークなメッセージです。それゆえ、復活を信じ受け入れることが難しいです。確かに、復活は科学的に証明できることではなく、死人が生き返るというのはおぞましいことと感じる人もいるでしょう。頭からそのようなことはあり得ない、と考える人もいると思います。

パウロは、イエスキリストの復活を、収穫物の初穂や(20)、畑にまく種やからだ、月や太陽にたとえて語ります(37-41)。CSルイスのナルニヤ物語「ライオンと魔女」は、イエスキリストの十字架と復活を表しているお話しです。パウロは、何とかしてイエスキリストの復活を伝えたかったのです。なぜなら、復活は天国への希望を与えるだけでは無く、負けた感じているような人を今日生かすことができるからです。イエスキリストのよみがえりは、あとでいつか聞く話では無く、今日聞くべき神さまのメッセージなのです。

1コリント15:57

しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。

2012.9.16(長月) 武里チャペル 

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