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2012年12月16日 (日)

平和への道

吾唯称神 ルカ1:67-79   

本日の説教題は、「われ、ただ、神をたたえる」と読みます。龍安寺の蹲いに右回りに読むと「吾唯足知」と刻まれている言葉から考えた言葉です。かなり無理があるかもしれませんが、意味はおわかりになると思います。もちろん、国語の辞書には載っておりません。

エリサベツが男の子を出産し、その子の名前をつけるとき、ザカリヤは書き板をもって来させて「彼の名はヨハネ」と書きました。周りの人は大いに驚きましたが、彼の口は開け、預言して歌ったのが本日のテキストです。最初の言葉「褒め称えよ」のラテン語訳にちなんで、ベネディクトウスと呼ばれているザカリヤの賛歌です。

彼はなぜ、神を褒め称えたのでしょうか。それは、イスラエルの歴史を導いてくださっている神がおられ、その方が民を顧み、購いのわざをしてくださったからです。このときはまだイエスは誕生していませんでした。しかし、ヨハネと名付けられた男の子は成長し、ヨルダン川で罪の悔い改めに基づくバプテスマを授け、救い主イエスキリストを受け入れる露払いの役をするようになります。ヨハネからバプテスマを受けたイエスは、十字架に掛かりよみがえって、購いのみわざをなしてくださったのです。預言者が語っているとおりのことが、実現したのです。

人は苦しいとき、神様により頼むよりは、自分の力をなお信じ、がんばろうとします。しかし苦しいときにこそ神に信頼し、神様とともに歩んでいくのです。

救いの御子は、人々を平和の道に導く方です。現代なら、真のノーベル平和賞候補でしょう。この世は、平和を実現するために戦争をしてきました。いまもなお、戦争が続いている国や地域があるのは、それぞれに平和を求めているからです。実に皮肉なことです。戦争に勝利した者には平和はありますが、敗者に平和はないのです。力による平和は、いつか壊れていきます。イエス様の誕生の時代は、パックスロマーナ、ローマの平和といわれるときでした。しかしそれは、軍事力に支えられたものであり、ローマ帝国もやがて滅びました。このようなことは、今の時代も同じです。

私たちと国家間に平和をもたらすのは、赦しと和解だと思います。お互いの過ちを真摯に認めて謝罪する、そして赦す。そのことによって和解ができ、平和が生まれるのです。イエスの誕生は、私たちに平和をもたらすためでした。

人間の力が、最終的なよりどころではありません。平和をもたらす神様にこそ、その力があることを、心に留めましょう。

クリスマスオラトリオの作者であるバッハは、楽譜の最後に「神に栄光があるように」という祈りをもって、SDGとサインをしたそうです。私たちも、自分の栄光ではなく、神様をたたえる日々を送っていきたい者です。

ローマ15:6

それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。

2012.12.16(師走待降節第3主日) NO.388 

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