フォト
無料ブログはココログ

« キャンドル立てを作ろう | トップページ | やっぱりサンタ? »

2012年12月 9日 (日)

神様に目を掛けられる?

目を留めてくださる方 ルカ1:46-55      

救い主イエス様の誕生には、天使のお告げを受けた人たちがいました。神殿で祭司として仕えているザカリヤが、お告げを受けた第1の人です、ザカリヤ夫妻には子供が無く、二人とも年老いていました。子供が出来ることなど、とうの昔にあきらめていたのかもしれません。天使は、妻のエリサベツは身ごもって、後にバプテスマのヨハネと呼ばれる男子を生むと告げたのです。しかしザカリヤはこのことばを信じることが出来なかったために、ヨハネが生まれるまで口もきけず、耳も聞こえないという沈黙の日々を送らなくてはなりませんでした。

2番目は、よく知られているように、処女マリヤへの告知です。多くの画家によって「受胎告知」というテーマでその場面が描かれています。マリヤは天使のお告げに当惑しましたが、「あなたのお言葉通りこの身になりますように」と言って、それを信じたのでした。第3番目は、ヨセフへの告知です。このときすでにマリヤの妊娠を知っており、密かに離縁すると決めていました。婚約中のマリヤが、不貞をしたと思ったのかもしれません。しかし天使は、彼女の妊娠は聖霊によるのであるから、恐れないで彼女を妻として迎えるようにヨセフに告げました。彼も又このことばを信じ、マリヤを妻として迎え入れ、イエス様が生まれるまで彼女を知ることがなかったのです。信じがたい状況の中でこそ、神様のみ言葉を信じることの幸いを体験した二人でした。

本日の箇所は、マリヤの賛歌と言われています。身ごもったエリサベツに逢い、心の底から出てきた賛美でしょう。又、彼女のこのような体験から出た言葉です。これは46節のあがめるという言葉のラテン語訳から「マグニフィカト」と呼ばれています。この歌の特徴は、卑しい身のマリヤが、神様によって目を留めていただいた歓びを歌っているところにあると思います。同じ事は、エリサベツのヨハネの誕生の時にも語られています。人々は、不妊の女性と言われた者に、神様は大きなあわれみを掛けたと言いました(58節)。夫ザカリヤも、神様のあわれみは自分たちの先祖からあったと歌いました(71)。そしてヨハネの誕生は、神様の深いあわれみによる事であると言ったのです(78)

イエス様の誕生は、文字通り、神が人となり、低い者のとところに来てくださった出来事です。そしてイエス様の生涯の最後は、犯罪人が処刑される十字架の死でした。人として生まれて、これ以上惨めな最期はあるでしょうか?しかしこのことの故に、イエスは高く上げられ、イエスを信じる者をそれと同じように引き上げてくださるのです。

ピリピ2:679 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

神様は、小さな私たちに目を留め、新しい人生へと導いてくださる方なのです。

イザヤ43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。

2012.12.9(師走、待降節第2主日) NO.387 

« キャンドル立てを作ろう | トップページ | やっぱりサンタ? »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神様に目を掛けられる?:

« キャンドル立てを作ろう | トップページ | やっぱりサンタ? »