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2013年1月 6日 (日)

1年の計は元旦に、1週の計は日曜日に

主の日に集う 使徒20:1-12      

新しい年が始まりました。西暦では2013年、和暦では平成25年、干支で言えば癸巳(みずのとみ・きし)、巳(へび)年とも言います。暦や時の刻み方はおもしろいテーマであり、人は聖書の言うように、自分の日を正しく数えることこそ一年を幸福に過ごすことに通じると思います(詩篇90:12)

ところで、皆様が使っているカレンダーは何曜日が始まりでしょうか?日本では、カレンダーや手帳の多くが月曜日始まりだと思います。土日は、ウイークエンドと呼ばれています。しかし日曜始まりのものもあります。現在では国際規格というものがあり、月曜日が週の初めとされていますが、聖書の世界は日曜日が週の初めの日となっています。正確に言えば、週の初めの日が後に日曜日と言われるようになった、ということです。そしてキリスト教会では、日曜日に集い礼拝を献げることとなっており、この日を主の日、聖日とも呼んでいます。

エペソから西をめざしたパウロの旅は、ユダヤ人の陰謀があることを知って、陸路を通ってアンテオケに戻る旅となりました。途中エルサレム教会の貧しい人たちに届ける献金を携えた諸教会の代表者とルカが加わり、トロアスに滞在しました。そこで週の初めの日に、パンを裂きパウロの説教を聞くために大勢の人が集まったのです。今で言えば、礼拝をもち、聖餐式を守ったと言うことでしょう。そのさなか、ユテコという青年が窓際に座っていたのですが、そこから転落して死んでしまうと言うアクシデントが起きました。多くのランプをともしていたので部屋は酸欠状態になり、昼間の疲れが出て眠くなってしまい、こんなことが起きたのかもしれません。お互いに、注意しなくてはならないことです。しかしこのようなときでも、パウロは慌てることなく人々に「心配することはない」と言って、この青年を生き返らせたのです。心肺停止の状態から、元に戻したということだったかもしれません。家族はもとより、一同は大いに慰められたことでした。

これは、イエスキリストの生涯と教会の暦を重ね合わせるときに、実に象徴的な出来事だと思います。初代教会の人たちは、なぜ週の初めの日に集まっていたのでしょうか?それは、週の初めの日こそ、イエスキリストが死からよみがえられた日であったからです(マタイ28:1)。英語では日曜日をSundayと呼びます。義の太陽として、暗い私たちのために現れてくださったイエスキリストの復活を記念してよぶのに、ふさわしい呼び方です。それ以来、キリスト教会は日曜日を礼拝のために集い、お互いに交わり、そして奉仕する日として過ごすようになったのです。単なる休日ではなく、まず神様の前に出て新しい週の歩みに備えたのです。

1年の計は元旦にありとは良くいわれますが、私たちの1週の計は聖日にあると言えるでしょう。新しい年も、主の日に集うことを大切にしていきたいのです。

ヘブル10:2425 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。

2013.1.6(睦月) NO.391 

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