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2013年1月13日 (日)

急ぐ旅

旅路を進む 使徒20:13-16      

丘の上教会のある当たりは、昔からの農家が今も代々受け継いだ土地を耕し、暮らしている方の比較的多いところです。そのせいか、皆さんゆっくりと歩いておられます。急いで歩いたり走ったりしているのは、新しい住民か自分だけのような気がします。

ゆっくりと旅路を楽しむ方が好みという方もあるでしょうが、本日の箇所のパウロは、旅路を急いでいるように描かれています。それは、16節にあるように、五旬節までにはエルサレムについて、諸教会から託された献金を、貧しい聖徒たちに早く渡したかったという思いがあったからだと思います。五旬節はユダヤの三大祭りの一つですが、使徒2章にある出来事を体験した教会にとっては、新しい意味を持っていました。福音が国や民族を超えて全世界に広がり、聖霊によって新しく教会が生まれたことを記念する日となっていたのです。異邦人の使徒となったとはいえ、同胞の救いと成長のために心を遣うパウロの姿が浮かんでくるようです。

トロアスを出発したパウロは、まずは陸路を取ってアソスに向かいます。13節の言葉のニュアンスからして、陸路を歩いて行ったと思われます。彼は何故、他の弟子達と一緒に船に乗らなかったのでしょうか。いくつかの理由が考えれますが、彼は一人になりたかったのではないかと思うのです。

彼はエペソに立ち寄りたかったのです。銀細工人達の騒動のあと、キリスト者達がどの様な暮らしをしているか、気になっていたことでしょう。しかし、早くエルサレムに行きたいがために、立ち寄る時間がありません。そこで、ミレトに着いたとき、使いを送ってエペソの長老達に来てもらうようにしました。そこでパウロは、今日では決別の説教とも言うべき大切な話しをするのです。その草案を練るには、仲間がいる船に乗るより、一人歩いた方が良かったからだと考えられるのです。

私たちも、大切なことを控えているときは、やはり一人静まりたいと思うでしょう。一人になることは、悪いことや否定的なことではありません。自分と向き合い、神様のとの交わりの時となるのです。禅語に「独座大雄峰」ということばありますが、一人唯静まる姿に気高いものを感じますね。パウロは、長老達との別れ、そして苦しみの待つエルサレムへの道行きを思って、あえて一人陸路を通ったのです。

私たちの今年も歩みは、果たしてどの様なものになるでしょうか。終の住処や、お墓のことを考えている方もあるでしょう。その時たよりにするのは、パンフレットや案内をする人の言葉でしょうか?それとも、書かれた神様の言葉である、み言葉でしょうか。一人旅路をたどりながら、パウロは主の言葉を思い起こし、その方の導かれる道を信頼して進んでいったのです。

詩篇119:105 あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

2013.1.13(睦月) NO.392 

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