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2013年2月17日 (日)

一触即発

苦難の中に 使徒2127-36      

パウロが生きた時代は、ローマによる平和が保たれていましたが、必ずしもユダヤ人にとって満足のいくものではありませんでした。カイザリヤでユダヤ人が殺害されたのをきっかけに、紀元66年、第1次ユダヤ戦争といわれる戦争が起こりました。70年にはエルサレム市街に火が掛けられ、神殿は破壊されてしまいます。マサダの要害に立てこもった人たちも兵糧攻めによって悲惨な最期を遂げ、74年にこの戦争は終結しました。パウロがエルサレムに来たのは、この戦争が起きる8年くらい前のことであり、当時の街には反ローマ感情を持ったユダヤ人が暴徒のようにしてうろついていたのです。日本に当てはめれば、いろいろな藩のサムライたちが幕末の京都に集結し、一触即発のような雰囲気であったことにたとえることができるのかもしれません。

そんな不穏な雰囲気の中で、神殿に詣でてきよめの期間の終わる最後の日に、アジアから来たユダヤ人によって騒動が引き起こされます。異邦人が入ってはならない神殿の聖域に、パウロがエペソ人を連れて入っていったいうデマによって群衆をあおり、彼を捉えて暴力を加えたのです。まさにリンチです。これまで幾多の苦しみに遭ったパウロでしたが、これで最期かと死をも覚悟したことでしょう。しかしこの騒ぎを知ったローマの千人隊長によって彼はその中から救出され、兵営へと連れて行かれました。あとには大勢の群衆が「パウロを除け、殺してしまえ!」と叫びながらついてきました。千人隊長には、パウロが何者で、何故このようなことになったのか分からないままでした。

この出来事は、イエス様の最期を思い起こさせます。ピラトの前で扇動された群衆は「バラバではなく、この男を十字架につけろ、イエスを除け!」と叫びました(ルカ23:18、ヨハネ19:15)。イエス様は、このような不当な苦しみをそのまま受け、十字架にかかって死なれました。しかしそのことによって、私たちは癒やされたのです。かつて苦難の僕の姿を預言したイザヤ書に書かれているとおりのことが起きたのでした。パウロの受けた苦しみは、イエスの苦難に預かる者だったのです。

1ペテロ2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

又この出来事は、結果としてパウロがローマに行くことに発展していきます。このあと、パウロは群衆の前で、議会の中で、自らの信仰を証しすることになり、カイザリヤに引かれていったところで、ローマ総督にこの逮捕は不当な者であると訴え、ローマへの旅をそこから始めることになるのです。パウロの願いは、イエスキリストの福音を全世界に広めることでした。このような苦難の中で、パウロの願い、すなわち神の御旨が就することとなります。

ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

2013.2.17(如月) NO.396 

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