フォト
無料ブログはココログ

« 死ぬことも益なり | トップページ | LSDのすすめ »

2013年2月10日 (日)

情けは人のためならず

恵みの共有 使徒21:17-26      

パウロはカイザリヤをあとにして、ついにエルサレムに到着することができました。

この町は、ユダヤ人にとって歴史的に見ればアブラハムまでさかのぼります。特に大切なのは、ダビデ王がイスラエルの都として定めた街(オフェルの丘の南)であり、その子ソロモンが神殿を建てました。その神殿は破壊されてしまい、ネヘミヤによる神殿を経て、この時代には、ヘロデ王によって再建されたりっぱな建造物となっていました。起源70年、ローマ軍によってこの街は滅ぼされ神殿は破壊されてしまうのですが、今日では城壁の西側の部分が残っており、西の壁、嘆きの壁と呼ばれてユダヤ教徒の聖地となっています。

命に危険が及ぶと分かっていながら、彼は何故エルサレムへと急いだのでしょうか。それは、エルサレムこそイエスキリストが十字架で死に、三日目によみがえられたところだからです。イエスを信じる信仰の最も大切なことを示す歴史的な場所であるからです。いわば、信仰の霊的遺産の場所と言えるでしょう。

1コリント15:3,4

私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、

五旬節迄に着きたいというのは、この日がユダヤ人の祭りの日であると言うよりは、教会が生まれた日であるからです。使徒2にあるように、弟子たちが自分たちの国言葉と違う言葉で語ったように福音が全世界に伝えられる記念日にもなっていたからです。

エルサレム着いたパウロは、神のなされたことを報告します。人々はそのことを聞いて神を賛美するのですが、その一方で、パウロたちがモーセの律法や慣習を犯しているという話があることを告げます。それを払拭するために、誓願を立てている4人の人がいるので一緒に神殿に行き、きよめをして、さらに彼らの剃髪の費用を出すようにと、パウロに命じました。お金が絡んでくると,話しはややこしくなるものです。しかしパウロはこの申し出を聞き入れました。すでに異邦人でキリスト者になった者への指導は守られていましたので、ユダヤ人のための行動でした。

ここにも、エルサレムいるユダヤ人キリスト者が、しっかりとキリストに結びつけられ、福音の恵みに預かり、エルサレム教会がこの時代の中心の教会になるようにという祈りがあったのでしょう。

1コリント9:20,23

ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。・・・私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。

2013.2.10(如月) NO.395 

« 死ぬことも益なり | トップページ | LSDのすすめ »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 情けは人のためならず:

« 死ぬことも益なり | トップページ | LSDのすすめ »