フォト
無料ブログはココログ

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

2013年3月25日 (月)

ELC、新学期スタート

大日本大震災直後、多くの外国人が日本から脱出する中、米国から来てくれたクリスティさんの2年間の奉仕が終わりました。誠実なその働きに、感謝して、歓送会を行いました。当日は、ご両親とハネムーンをかねてお姉さん夫妻も初来日され、家族みんなのサポートのあったことを知りました。

Ronald_hazama Kristi

彼女の後任には、米国ミネソタ州ドゥルース市出身の、アンナ・ローゼングレン姉が来てくれました。アウトドアと子供達が大好きな元気な女性の先生です。

Anna_rosengren

新学期は4月9日から始まります。教会のHPからELCのページで、スケジュールをご覧ください。楽しいレッスンが始まりますよ。

Tim

お花見

都内に所用があり、その帰りに娘が勤めている職場のある王子駅で下車しました。目指すは桜の名所、飛鳥山公園。駅をおりるとその看板には「さくらストリート」とありました。まさに、娘の職場にふさわしい名前ですね。

かわいいモノレールに乗って、飛鳥山の山頂へ。スピーカーから流れるガイドさんの声は倍賞千恵子さんでした。

Dscf7039  

あいにくの小雨でしたが、江戸時代に開かれた庶民のお花見場所に行けて満足でした。

飛鳥山公園(北区のHPより)

この地を桜の名所に仕立て上げたのは、八代将軍徳川吉宗でした。約280年前、吉宗が享保の改革の施策のひとつとして、江戸っ子たちの行楽の地とするため、飛鳥山を桜の名所にしたのです。こうして江戸の新しいお花見の名所として誕生した飛鳥山は、当時、桜の名所地では禁止されていた「酒宴」や「仮装」が容認されていたため、江戸っ子たちは様々な趣向を凝らして楽しみました。

 飛鳥山は、明治6年、太政官布達によって、上野・芝・浅草・深川とともに日本最初の公園に指定され、平成の現在も「憩いと出会い」の場として親しまれています。

2013年3月24日 (日)

シュロの聖日

捨ててこそ生かす 使徒22:22-30

教会歴では受難週に入り、本日はイエスがロバに乗って最後のエルサレム入られたことを記念するシュロの聖日となっています。これは、凱旋した兵士たちを歓呼の声を上げて迎える様子と似ています。

群衆の騒ぎから解放され、弁明を始めたパウロの言葉に、集まった人たちは皆静かに聞き入っていました。しかしパウロが、神は私を異邦人の所に遣わすと言ったと告げたとき、弾薬庫が爆発したかのように、群衆は大騒ぎを始めたのです。いわば、パウロの語った一言が火花となって、ユダヤ人の怒りを爆発させたかのような出来事です。

言葉の通じない百人隊長は訳が分からず、その理由を知ろうとしてパウロを縛りむち打ってその訳を問いただそうとしました。その時パウロは「ローマ市民である者を、きちんと取り調べもしないでむち打ってもいいのか?」と言ったのです。あまりにも突然のことでした。この言葉にローマの兵士は恐れ、パウロから身を引くようになります。一体これは、どうしたことだというのでしょうか。

パウロはタルソ生まれで、両親もローマの市民権を持っていたようであり、生まれながらのローマ市民でした。古代ローマにおけるローマの市民権は、市民集会における選挙権・被選挙権、婚姻権、所有権、裁判権とその控訴権、ローマ軍団兵となる権利などのことでした。また人頭税や属州民税も課されないという、いわば特権とも言えるものです。後になるとこの市民権は、金銭で売買されるようになり、ローマ帝国が滅びた原因の一つになっていったようです。パウロはこの権利を、ローマ皇帝カイザルの法廷に訴えることにも使いました(使徒25:11)。彼は自分の保身のために、この権利を使ったのではなく、たとい苦しみが待っていたとしても福音をローマに、全世界に宣べ伝える為の手段だったのです。

しかしここに、全ての権利を放棄した方がいます。イエスキリストです。人々は、イエスを地上の王としようとしましたがそれを拒絶され、苦難のしもべとして私たちの人生の王となることを受け入れたのです。軍馬ではなく、子ロバにのってエルサレムに入られたのは、ご自分の権威を放棄することが、全ての人たちの救いにつながることを柔和な平和な王として来られたことの象徴です。ここに、私たちが受ける神との平和があるのです。

自分の権利を主張せず、他の人との違いを認めて受け入れることが、お互いの和解へのロードマップなのです。

ピリピ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

1ペテロ2:22-24 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

2013.3.24(弥生) 400 

春日部福音自由教会 山田豊

2013年3月17日 (日)

どうしてもしなくてはいけないこと

神の召しに応える 使徒22:121      

ローマカトリック教会の新しい教皇フランシスコは、314日(木)午後5時からシスティーナ礼拝堂で、「教会のため」のミサをささげました。このときの説教には「イエスキリストを告白しなくてはなりません。福祉活動を行うNGOになるかもしれませんが、主の花嫁である教会にはなりません」とありました。私たちのしていること、祈りが、そして全てがイエスキリストに結びつけられていることの大切さは、全てのキリスト者に言えることです。

ダマスコ途上で回心したパウロは、その出来事を証しする弁明がこの箇所を含めて4回記されています。よく、ビフォーアフターといわれますが、回心前のパウロ、回心したとき、そして回心後のことが語られているのです。これは、私たちがどの様にイエスキリストを信じ救われたかを語る「証し」の手本となります。もちろん全ての信者がパウロのような劇的な回心の物語を持っているのではなく、一人一人に神様がしてくださった物語があります。しかし、パウロの語る弁明、証しは、私たちが証しを語る上で参考になると思います。

回心前のパウロは、熱心に律法守るユダヤ人で、パリサイ派に属していました。教会の迫害者でしたが、ダマスコに向かう途上でイエスの声を聞き、大いなる光に打たれて目が見えなくなりました。ダマスコでアナニヤという弟子と出会い、彼によって福音を聞いて回心し、バプテスマを受けました。その時彼の目からうろこのようなものが落ち(使徒9:18)、これが後に「目からうろこ」のことわざとなります。その後のパウロは、福音を伝える伝道者としての生涯を過ごし、苦難の中でも復活の証し人としてイエス様に仕えました。

パウロの生涯は、神様の召しに応える生涯でした。彼の回心は、同胞のユダヤ人だけでなく、異邦人にも福音を述べ伝えるためだったのです。

しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。使徒9:15

その召しに応えたので、今日のキリスト教会があると言えます。

神様は、私たちをこの世の始まる前から御心に留め、選んでくさいました。そしてイエスキリストを信じる信仰を与え、罪の中から救ってくださったのです。教会は、神様が召してくださった人たちの集まりです。教会を表すギリシャ語の「エクレシア」は、まさにそのような意味なのです。

千利休が自刃させられたあと、その子少庵は、会津で蒲生氏郷の庇護の元に置かれました。その数年後、秀吉の怒りが解けて京都に戻ることを許す書状が届けられます。氏郷と家康による連著の「少庵召し出し状」と言われるものです。彼がこれに応えなかったなら、今日の茶の湯はなかったでしょう。同じように、神様の召しに応えることがなければ、イエスキリストの流された尊い血潮による救いは、そこで途絶えてしまうのです。この地上での生涯の間、そして死ぬときですら、神様の召しに応えていくことが、一人一人に与えられた神様からの使命なのです。

エペソ4:1 さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。

2013.3.17(弥生) 399 

春日部福音自由教会 山田豊

2013年3月12日 (火)

あれから2年

昨日は、日本中が2年前の震災を思い起こした日であったと思います。そして、これからの復興に向けて、思いや決意を新たにしたときでもあったと思います。

午後2:46分に合わせ、丘の上でも鐘を鳴らし、祈りを捧げました。そのあとは、1時間ほど元荒川沿いを走りました。向かい風がありましたが、被災された方々のことを思うと、何のこれしき!という思いがわき上がってきます。ここでへこたれてはいられません。

24日からは受難週、そのあとには復活祭があります。復興、そして復活のあることを希望として、私たちの国が新たに進むことができますように。そしてこの春、気仙沼をまた訪れたいと願っております。

2013年3月10日 (日)

2年前、あなたはどこにいて何をしていましたか?

十字架のそばに立つ ルカ23:4449   

2011311日を思い起こすと、その時あなたはどこにいて何をしていたでしょうか。そして2年たった今、あなたはあの出来事をどの様に捉えているでしょうか。

過去の忌まわしい出来事を思い起こすことは、人によっては思い起こすこと自体をしたくないほどのことでしょう。しかしながら,過去の出来事に目をつむることがあれば、現状を見失い、未来の希望が見えてこないことになるかもしれません。

心の巡礼としてこの受難節は、イエスキリストの苦しみを思い起こしています。本日のテキストは、イエス様が十字架につけられ、そこで命を落とした最期の場面です。十字架につけられたのは金曜日の午前9時頃でしたが、12時頃になると全地が暗くなり3時頃までそれが続きました。人類が真の光である方を失ったことを象徴する出来事です。その時、神殿の幕が真っ二つに避けたというのです。神殿内にある聖所と至聖所を隔てている幕のことであり、これが避けたことは、イエスキリストこそ真の大祭司であり、この方によって人は救われることを表しています。

したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。ヘブル9:27

イエス様は完了したと言われ、最期にご自分の霊を父なる神様にお渡しになりました。救いのみわざがここに完了したのです。処刑に最初から立ち会っていた百人隊長はこの様子をつぶさに見て、イエスが神の子であることを告白せざるをえませんでした(47)。誰でも心を開いてイエス様の生涯を見れば、彼と同じような告白に至るでしょう。

集まっていた群衆は、イエスの死を胸を打って悼みました。誰でも人の死に接することは悲しいことであり、特に愛する者との別離の悲しみは、言葉にできないほどのことでしょう。イエスに従っていた人たちは、この様子を遠くから見ており、彼らもまた大きな痛みを持っていたに違いありません。

しかしイエスの十字架の元には、弟子のヨハネと母マリヤがいました。その二人を見てイエスは言われました。

「女の方。そこに、あなたの息子がいます。」「そこに、あなたの母がいます。」ヨハネ19:2526

その時から、ヨハネは彼女を自分の家に引き取りました。

さて、あなたはイエスが十字架につけられたとき、どこにいて何をしていましたか?時空を超えて、まさに自分もイエスの十字架の元にいたと言える人は主の救いに預かっている人です。2013年にいる私たちは、イエスは死んで葬られたけれども墓から新しいからだによみがえり、天に昇って大祭司として執りなしてくださっていることを知るのです。十字架のそばには、大きな悲しみと痛みがあります。しかしそこから、復活の希望をいただことができるのです。

主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。ローマ4:25

Cross

2013.3.10(弥生) 398

 

2013年3月 8日 (金)

あれから2年たって~

教会の英会話教室であるELCでは、レッスンのあとにチャペルタイムを行っている。チャプレンがメッセージを語るだけでなく、受講生の方からの発言や質問には、時に教えられることや日本人の考え方を知る貴重なものがある。

先週でのこと。私が、「温泉に入って『極楽々』と言う人も、親しい人が亡くなると「天国で安らかに眠ってください」と言いますね。皆さんはどうですか?」と問うと、「死んでから極楽と言うよりは、天国といった方がいい感じがする」という答えが返ってきた。続けて「復活、よみがえりという言葉からは何を感じますか?」との問いには「こわ~い!」と言う返答があり、お墓も怖い所、ということであった。

2011311日は、私たちの国にとって忘れてはいけない大地震の発生、津波の襲来、そして原子力発電所の爆発というこれまで経験したことのない悲惨な出来事が起きた日である。

この東日本大震災に関わる「遺体~明日への十日間」という映画が上映されている。釜石市にある廃校となった学校の体育館が遺体安置所となり、そこで実際に起こった出来事を基にした作品である。地震の被害で亡くなった人たちが運ばれ、並べられ、時に遺体もアップで写されている。チャペルタイムの延長で言えば、怖い所、撮影しては行けない場所ということであろう。主人公の相葉常夫(西田敏行)が初めて体育館に入るとき、運動靴を脱いで裸足で入るシーンがある。彼は、その後も靴を脱いで体育館での奉仕に携わる。モデルとなった本人(千葉淳さん)はこの映画を見て「西田さんが靴を脱いでいました。実は、私も、ああしたかったんです。その気持ちを西田さんが表現してくださった。」と言われたそうである。亡くなった人への尊厳、遺体を大切に扱おうとする日本人の思いが表れていると感じた。

日本人は死を悼み、亡骸を大切に葬り、葬儀のあとの様々な儀式を先祖の供養と称して行っている。しかしその一方で死を忌み嫌ったり、汚れたこととして遠ざけ、恐れさえも覚える。

聖書の示す復活は、死者が新しいからだに変えられる奇跡であり、キリストはその初穂となってくださったことを言う。イエスが処刑され葬られたとされる場所には、聖墳墓教会が建っている。キリストの墓である。しかしこの教会の中心にある小さな建物は、復活聖堂と呼ばれている。イエスキリストの十字架の死は、愛する者の死を悼み悲しむとともに、私たちの恐れを取り除き、天国への希望を与えてくれる復活へと続いていく。

Cross_3

「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよ みがえられました。」

1コリント15:20

2013年3月 3日 (日)

主日の祈り

130303の祈り

私たちの天の父なる神様、あなたの尊い御名を、賛美いたします。

弥生の月となり、少しずつ春の暖かさを感じるようになりました。

私ども今、主の復活の前の、受難節を過ごしております。イエスキリストが受けた苦しみは、私たちのためであったことを覚えるひとときです。心の巡礼として、あなたの歩まれた足跡をたどる期間となっております。今朝のみ言葉は、イエス様にとって最期を覚える箇所となっています。どうか私たちの知性、理性、感性そして霊性を持って、主の苦難を覚える者としてください。今文字通り苦しみの中にある兄弟姉妹にとって、主の受けられた苦しみと傷が癒やしにつながることを覚えさせてください。そして、復活の主の命に生かされる幸いを味わうことができますように。

主イエスキリストの御名によって、お祈りをいたします。

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »