フォト
無料ブログはココログ

« 汚れを落とす | トップページ | たとい弱さを感じても »

2013年4月14日 (日)

もう行き止まり?

道が開ける 使徒23:1225

本日の聖書箇所は、幕末から開国、明治に至る波乱に富んだ時代に起きたような出来事です。もっとも、このように感じるのは「八重の桜」の見過ぎでしょうか?

議会に引き出されたパウロは、死人の復活を大胆に証言いたしました。そのために、復活を信じているパリサイ派の議員と、そのようなことを信じないサドカイ派の議員との間に激しい論争が起こり、議会は大混乱になりました。彼の身を案じた千人隊長によって、パウロは兵舎に連れて行かれましたが、気落ちしていたことでしょう。復活の主が現れて、彼を励ましてくれましたが、果たしてどの様にしてローマへの道が開かれるか、まだ分かりませんでした。

この頃、パウロを暗殺する計画が立てられ、40名ほどのユダヤ人が堅い誓いをしてその手はずを整えました。このことを知ったパウロの姉妹の子(パウロの甥)が千人隊長にパウロを守ってくれるように頼み、彼は無事にカイザリヤに保護されることとなります。この甥の行動がユダヤ人に知られたら、パウロの身はもっと危険なこととになったでしょう。まことにスリリングな出来事です。このカイザリヤに脱出することによって、ローマ行きの道が大きく開かれていくのです。

私たちが苦しみや試練に遭ったとき、何とかして自力でそこから脱出しようとします。確かにそのように努めることは、大切なことです。しかしここでパウロが経験したことは、自分のあずかり知らぬところで、ローマへの道が開かれていく大切なことが起きていたということです。彼が道を開くというよりは、目に見えない方によって道が開かれていったのです。

このようなことをかつて詩人は歌いました。

私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。詩篇121:12

皆さんもよくご存じの、み言葉だと思います。またパウロ自身も言いました。

あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。1コリント10:13

成長したコリントの教会は、神様から祝福を受けていましたが、内にも中にも様々な問題があり、試みを受けていたのです。個人的なことだけでなく、教会という公の交わりにあっても、脱出の道が開かれていくことを信じていました。

行き止まりのように見えても、進んでいくと別の道があって、無事に目的地に着くことができたという経験を良くいたします。もちろんその逆もあるのですが、その時はまた戻ればいいのです。大切のは、あなたが進んでいくそのところで、目に見えることに惑わされるのではなく、主に信頼しているかどうかなのです。

心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。箴言3:56

2013.4.14(卯月) 402 

« 汚れを落とす | トップページ | たとい弱さを感じても »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: もう行き止まり?:

« 汚れを落とす | トップページ | たとい弱さを感じても »