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2013年5月

2013年5月31日 (金)

でかいぞ、ブラジル

5月15日より2週間の休暇をいただき、ブラジルに行って参りました。メインは、18日に行われた家内のお姉さん夫妻の金婚式の祝いの席で、私たちは日本からの親族代表(と、勝手に思っている)として列席することでした。3人の子供達とそれぞれの孫たちが良く準備をされ、教会の兄弟姉妹、友人やご主人の立ち上げたデイサービスに通所されている方も集われ、200名を超える列席がありました。祈りとメッセージがあり、まさに伝道会の趣で、たいへん恵まれるひとときでした。

20日から25日までは、イグアスの滝とリオデジャネイロの観光ツアー。定番の記念撮影をアップいたします。特にイグアスの滝は、ボートによる滝壺ツアーに参加したのですが、ナイアガラ滝とは全く違い、スリルとスピードに充ちた実に迫力のツアーでした。近々、動画にアップしたいと思います。それにして、毎食ごとにでるフルーツは新鮮でおいしく、肉や豆を使ったブラジル料理を堪能して帰って参りました。

Iguas_1 Iguas

Rio

今回は、サンパウロ州にある4つの教会を訪ねることができました。同じキリスト教会でありながら、ルージラモス教会は日系人伝道の母なる教会としての存在感を持ち、そこから生まれたパライソ教会は、若い人たちの活気に満ちていました。市内の日本基督教団の教会は一世の方が中心の伝統的な礼拝スタイルを守っておられました。遠くバウルにあるバプテスト教会では、ブラジル人のための教会で、外国人宣教師からブラジル人の牧師を求める教会に変わる時期にありました。

ブラジル人といっても、日本人のようにその姿は一様ではありません。ネイティブな人たちに加え、日本も含めた世界中からの移民とその子孫たちによって「ブラジル人」が生まれており、実に多様な人たちのいる国です。教会は一つであるが多様であると聖書に描かれていますが、そのことを実感させられた時でした。そして、どの教会も宣教の思いに燃えており、キリストの弟子を生み出し、世界に送り出していこうとするビジョンと実際の行動力に、大いに刺激を受けました。

2013年5月27日 (月)

お土産いっぱい

ブラジル訪問は、あすでおしまい。こちらの物だけでなく、これからの自分の歩みや宣教について考えるおみやげをもらったように思います。
いまはこちらのじかんで、27日午前7時じになるころ。明日は日系1世のかたに腹話術とお茶をさしあげます。ブラジルでの様子はのちほどに。チャオチャオ!

2013年5月24日 (金)

ブラジル now

皆さんこんにちは。。ただ今リオデジャネイロにいます。ブログは、
帰国後に更新しますね。
チャオチャオ!

2013年5月12日 (日)

母の日に

本日は、母の日です。礼拝説教ではありませんが、母の日にちなんだお話しを少し。

母の日は、アメリカの祝日の一つですが、その始まりは以下のようです。そして日本でも、このお話が教会を通して広まり、今日では日本の祝日の一つとなっています。キリスト教会の出来事が、日本の生活文化に根を下ろしたものとも言えますね。

「母の日」の歴史は1907年、アメリカのウェストバージニア州に住むアンナ・ジャービスと言う女性が、母の命日に彼女の追悼式を開き、その式で母ミセス・ジャービスが好きだったという白いカーネーションを捧げ、式の参加者に母を偲んで一輪ずつ手渡したのが始まりだと言われています。

 彼女の母、ミセス・ジャービスは早くに夫を失い、残された娘二人(そのうち一人は盲目だったと云います)を苦労して育て上げました。また彼女は敬虔なメソジスト派のキリスト者でもあり、26年にも渡り教会で日曜学校の教師を努めた程でした。

母を亡くしたミス・ジャービスは苦労して自分たち姉妹を育ててくれた母(過労による死だったとも伝えられています)の恩を忘れず、母の徳を偲ぶためにこのような会を開いたと云います。カーネーションを参列者に手渡したのは、生前のミセス・ジャービスが日曜学校で「母の恩の深さを人々に悟らせる方法を考えましょう」と話していた事を思い出し、母の恩を母の愛したカーネーションに込め、この花に母の恩の深さを象徴させたものと思います。(暦のページより)

 

星野富弘さんの詩に、こんな詩がありました。

神様がたった一度だけ/この腕を動かしてくださるとしたら/母の肩をたたかせてもらおう/風に揺れる/ペンペン草の実をみていたら/そんな日が/本当にくるような気がした

ご自分のお母さんに、伝えたいあなたの思いは、どの様なもでしょうか。すでにこの世にいない母であっても、イエス様を通して、語りかけることができると思います。

2013年5月 5日 (日)

何ごとの・・・

恐れなく近寄れ 使徒24:22-27

今年のGWは、どの様に過ごされたでしょうか?私は、3日は教会学校のピクニック、そして昨日の4日は、大凧マラソンに参加してきました。マラソンのことは、ブログをご覧いただければうれしいですね。

もう一つ、連休初日に上野の国立博物館で行われている「大神社展」を見てきました。今年は、伊勢神宮の式年遷宮の年に当たっているので、全国の神社にある宝物が集められたと、ガイドブックに書いてありました。

伊勢神宮と言えば、西行の歌が有名です。平安時代末期の歌人で、伊勢を訪れて外宮を見て歌ったと言われています。

「何事の おはしますかしらねども かたじけなさに 涙こぼるる」

これは、日本人の宗教的な感性、宗教心を良く表している歌であるということで、良く引用されています。確かに日本人の神観には、何か人間や自然の営みを超えた大きな存在を恐れ、はっきりはしないけれども、それに対して畏怖の念を持って過ごすことがあると思います。むしろ、それが何であるかをはっきりさせないところが、ポイントかもしれません。

カイザリヤに移されたパウロは、ペリクスの前に引き出されました。彼とその妻ドルシラはパウロからたびたび話を聞きましたが、ユダヤ人の訴えに対してはっきりと断を下すことはせず、彼が更迭されるまで約2年間も、牢に繋いだままにしていたのです。

確かにペリクスは「この道」について詳しい知識を持ち、パウロの話を興味深く聞いたことでしょう。しかしその話が、「正義と節制とやがてくる審判」に及ぶと恐れを抱き、それ以上のことは聞かなかったようです。むしろ、パウロは初代教会の中心人物であると考え、お金を受け取って保釈しようとしていたようです。

彼は確かに、パウロの話を聞きました。しかし彼の話は、ドルシラを離婚させて無理矢理3番目の妻にした不節制を思い起こし、最後の審判の話しを恐れたのではないでしょうか。彼の恐れの感情は、神様を遠ざけ、救いの道を自ら放棄してしまうものでした。

2コリント7:10  神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

神を恐れ、自分の罪を示されたとき、悲しみの中で悔い改めることが、神様に立ち返る道なのです。

私たちの主イエスは、自らが苦しみを受けて罪を負ってくださり、救いのみわざをなす、大祭司となってくださったのです。ここに、神様に大胆に近づく道が開かれたのです。イエスキリストが犠牲のささげものになってくださったので、私たちは自らの罪を悲しみ、神を恐れる砕かれた心を持っていけばいいのです。

ブル4:16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

2013.5.5(皐月) 404 

2013年5月 4日 (土)

大凧マラソン ハーフの部完走!

今年も参加しました、春日部大凧マラソン!

25回目の今年は、ゲストに平井さんと川内選手が参加し、天気も快晴で昨年より圧倒的に多くの人たちが来ていました。スタートとゴールであるメイン会場の運動公園は、隙間がほとんど無いほどの盛況でした。

今回は、教会のランニング仲間とかすかべFMクラブの皆さんとの励ましで出走。最高気温が20度を超えるという暑さのせいか、江戸川の土手に上った時点ですでにスピードが落ちてしまいました。それでも、スポーツタイツの力を借りて足の痛みを最小限に抑えつつ、「あと5キロ」を通過。昨年のようにM君に抜かれましたが、ボーイスカウトなら誰でも知っているスカウトペースに切り替え、何とかゴールまでたどり着きました。記録は、昨年よりも10分以上遅れてしまいましたが、より多くの仲間と走れたことや、沿道の声援が力になりました。

ゲストの平井さんともお会いでき、これまで4回の指導を受けられたことを感謝し、皆で記念撮影。川内選手のそっくりさんとはお話ができたのですが、リアル川内選手にも会いたかったなあ。

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まだ足の痛みが残りますが、牧師にとっては日曜日が本番。マラソンも、そのためにあるんですよね。さあ、明日のためにお祈りをしなくては!

「また来年、がんばります」と言いたいところですが、ナント2014年5月4日は日曜日だとか。だれかカレンダーを変えてくれ!応援してくださった皆さん、ありがとうございました。

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