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2013年7月 7日 (日)

暗闇の中に輝くのは光

光を宣べ伝える 使徒26:19-23

アグリッパ王を前にしたパウロは、ユダヤ人から訴えられていたわけですが、弁明を始めます。しかしそれは弁明というよりは、証しと言えるものです。自分の回心の出来事を、イエス様の物語と重ね合わせ、パウロの新しいマイストーリーを語っているのです。

パウロの回心の出来事は、使徒9章にある通り、ダマスコへ向かう途中、天からの光を受けて目が見えなくなり、復活のイエス様の言葉を聞いたという出来事です。その後ダマスコでアナニヤに会い、彼の祈りによって目が開かれバプテスマを受けたのでした。

イエス様の苦難と復活は、彼の物語と結び付けられ、新しい物語になったのです。霊的な暗闇から救い出されて光の内を歩むものとなり、その光を宣べ伝える者となったのでした。

あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。エペソ5:8

神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。コロサイ1:18

先月の29日から71日まで、東北大震災の被災地である気仙沼に教会の有志とともに行ってまいりました。次第に街が復興し、新しい街づくりが進められていますが、いまなおあの当時の地震と津波、そして火災の爪痕が残っていました。教会員の中に、打ち上げられた大きな漁船がそのままになっている場所のすぐ近くにご自分の家があったというHさんがおられました。Hさんは造園業を営んでいる親方です。避難した高台の上から、自分の家と丹精込めて養生している植木が流され、そのあとの火災で燃えていくのをただ見ているしかありませんでした。真っ暗な闇の中に燃え上がる街並み、それをただ見ているしかなかった多くの人たちの思いは、なんと無念なことだったでしょうか。

しかしそのようなすべてを失うという出来事の中に、主イエス様の物語を重ね合わせておられるのです。人々にあざけられ、着ているものまで脱がされて文字通りすべてを奪われた主の姿を、すべてを失った者であるからこそご自分の救い主として改めて従っておられるのです。その方の勧めで、礼拝や講演会に始めてきてくださった方々がありました。証のわざが、そこにあったのです。

イエス様が復活なさったように、やがてこの街も新しい姿によみがえることでしょう。教会の方々の証しも、実を結ぶことでしょう。イエスキリストこそ私たちを暗闇から解き放ち、光の中を歩む道筋を照らしてくださる方なのです。

イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」ヨハネ8:12

2013.7.7(文月) 408 

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