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2013年7月14日 (日)

平和を願う

神の願い、私の願い 使徒263432

クリスチャンであるなら、家族や友人の救いこそ自分の願いであると心に決めている方は多いと思います。

アグリッパ王の前で弁明を始めたパウロも、同じような願いを持っていたと思います。フェストは彼の弁明に我慢ができず、パウロに向かって「博学がお前を狂わせている!」と叫んでしまいました。それにひるむことなく、パウロはアグリッパ王に対して「あなたは預言者を信じておられますか。もちろん信じておられます。」とたたみこんでくるのです。王は「おまえはわずかな言葉で私をキリスト者にしようとしている」と言うのですが、さらにパウロは突っ込むのです。老郷に繋がれていたために、鎖で縛られた手を差し出しながら「私の願いは、この鎖は別として、私のように(イエスを信じる者)なってくださることです」と答えたのです。

これはパウロ個人の願いでではありません。神様の願いでもあるのです。

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

1テモテ2:4

この裁判では、王を始めて列席した人々は、パウロにユダヤ人が訴えているような罪を認めることはできませんでした。そして「カイザルに上訴しなければ、釈放されたであろうに」と、同情的な言葉を呟くのです。すでにローマの法廷に行く手続きがなされていたので、今更それを取り消すことはできないという事です。しかしこのことのゆえに、パウロが願っていたローマで証をする道が開かれていくのです。

私たちも、何か願いを持ちます。それが神様の思いと一つであるとき、それがどのようなものであっても実現いたします。

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。ピリピ213

来週は、国政選挙の投票日です。私たちの願いは、この地上に平和が実現することです。その祈り、願いをあきらめることなくささげ続けたいのです。

●アッシジのフランシスの平和の祈り

ああ主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。

憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。

争いのあるところにゆるしを、

分裂のあるところに一致を、

疑いのあるところに信仰を、

誤りのあるところに真理を、

絶望のあるところに希望を、

悲しみのあるところに喜びを、

闇のあるところに光をもたらすことができますように。

ああ主よ、わたしに、

慰められるよりも、慰めることを、

理解されるよりも、理解することを、

愛されるよりも、愛することを求めさせてください。

わたしたちは与えるので受け、

ゆるすのでゆるされ、

自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。

                        アーメン

2013.7.14(文月) 407 

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