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2013年8月

2013年8月29日 (木)

夏キャンプ

久しぶりに、春日部10団の夏キャンプを行いました。全国JYキャンプの続きで、会場は新潟県上越市の、南葉高原キャンプ場です。私の実家から車で約30分ほどの所にあります。実は、私もこれまで行ったことがなく、初めての所でした。テントを張れる場所は、日本海が見え、眼下には頸城平野が広がる絶好のビューポイント。夜景もきれいに見えました。夜には満天の星になるはずでしたが、残念ならが天候に恵まれず、雲の切れ目から月といくつかの星を観た程度でした。

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二日目はハイキングに代わって上越歴史ツアー。まずはスキー発祥の地金谷山で、レルヒさんに会ってきました。もちろん、小野牧師の祖父にあたる小野五郎さんとも、写真で対面。JYキャンプでも訪れた時にはレルヒ会の会長のKさんが直々に説明してくださり、今回は文化振興課の係長さんが案内をしてくださいました。一同、最初のスキーは竹ざお一本で滑っていたことに感動!そのあとは、春日山の上杉謙信、見ごろを過ぎたとはいえ外堀一面にハスが植えられている高田城址公園、そして、カトリック高田教会を見学し来ました。

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途中では、日本海を見よという事で直江津に行きました。そこにはかつてオーストラリア兵を収監していた捕虜収容所の跡地に平和記念公園ができているので、平和学習の一環として、立ち寄りました。

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少ない人数ではありましたが、充実したプログラムを展開できたと思います。最終日はまたまた朝から雨になり、その中での撤収作業も良い経験になりました。

2013年8月24日 (土)

人生の海の嵐に

難度海を行く 使徒27:1-26

カイザリアに2年間留め置かれたパウロは、いよいよローマに向けて旅立つことができました。数名の囚人と一緒でしたが、弟子の一人アリスタルコが同行したことは、彼を大いに力づけたことでしょう。シドンに寄港した際には上陸を許され、友人たちとも会う事ができました。百人隊長ユリアスは、彼を親切に取り扱ったのでした。

そんなユリアスでしたが、ミラからローマ行の船に乗り換えクレタ島の島影を進んで良い港と呼ばれるところに立ち寄った時には、航海を案じるパウロの言葉よりも航海士や船長の言葉を信じて船を進めました。パウロはこれまで船の旅にあってこのような経験をしていましたが、やはり航海のプロの言葉に従ったということでしょうか。はたして船はユーラクロンと呼ばれる大あらしに遭い、命に危険が迫るほどになりました。しかしこのようなとき、パウロは乗組員を励ましたのです。「恐れてはいけない、元気を出しなさい、神様に信頼しなさい、私の仕えている神様が、守ってくださる」と。その後、パウロの言葉の通りになっていくのですが、それは次からの節になります。

パウロの時代から800年近く下った838年夏、日本から出た三隻の船は大変な航海を強いられました。それでも彼らはその目的を果たし、日本に戻ることができたのです。菅原常嗣を大使とする遣唐使船で、それに乗り合わせた僧、円仁の紀行文「入唐求法巡礼行記」にその様子が綿密に描かれています。彼も、幾多の困難を乗り越え、仏教の経典を研究して帰国し、慈覚大師とよばれ、布教に励みました。パウロも円仁も、自らの確信や希望を投げ捨てることなく果敢に難度を行き、それぞれが授かった教えの伝道に努めたことは、共通のことでした。

神様は、越えがたい海にたとえられる私たちの人生に、安息の港を備えてくださっています。そこにたどり着くまで、恐れず、元気を出し、そして神様の導きを信じて進んでいきたいものです。たといその希望が果たせないように思えても、あなたの船旅は決して無駄なものではありません。小説「海嶺」に描かれた3人の漁師たちは、故郷日本の土を二度と踏むことはありませんでした。海の底で忘れられたような人たちです。しかし彼らの訳した日本語聖書は、いま私たちが使っている聖書の先がかけとなって、人生の荒波にある人たちに平安を与えてくれているのです。難度海を進む力を、神様からいただきましょう。

ローマ8:35-39  私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

2013.8.25(葉月) 411 

2013年8月18日 (日)

石臼を首にかけられ海に投げ込まれたら

一人の救いのために マタイ18:114

イエス様は、「つまずきが起こることは避けられないが、つまずきをもたらす者は忌まわしいものです」と言われました。その前段では、「子供たちをつまずかせるような者は、大きい石臼を首に掛けられて、湖の深みでおぼれたほうがましです」これはものすごい言葉ですね。

かつてイスラエルツアーの折、大きな石臼が街頭に置かれているのを観ました。人間背丈ほどもあるひき臼が、家畜に引かれて回り、粉を引くのでしょう。あんなものを首に掛けられて湖に投げ込まれたら、絶対浮き上がることはできず死んでしまうなと、思わされました。この言葉には、イエス様のウイットがあるように感じます。

日本人は昔から、自分の分をわきまえることを教えられてきました。たとい足らないところ、欠けたところがあっても良しとするのです。しかし人は自己中心な欲望を持ち、大きな力も持ってしまうと、他の人をつまずかせてしまいます。悪いことに、自分では人をつまずかせていることに気がつかないのです。これが他の国とのかかわり合いになると、すべてのことを自国に従わせようとし、他国を支配するようになるのです。

学校やスポーツの現場では、いじめや体罰が絶えません。かつての日本を取り戻し、国のために尽くそうという流れがあります。小さいものが、力によって抑えつけられているのです。

しかしイエス様はそのようなことをいつまでも許しておく方ではありません。なぜなら、私たちの主はいと小さいものに目を留め、一人の人が救われるために来られたからです。聖書の中の聖書と言われる、ヨハネ3:16にある通りです。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

シンドラーは、一人の人を救う事は、多くの人を救うことであるという事を、ナチスドイツの支配下にあって実践した人でした。苦しんでいる多くのユダヤ人を救ったのです。イエス様は、迷い出た一匹の羊を見つけるためにどこまでも探し続ける、羊飼いにたとえられています。これこそが、福音の中心です。そして教会とキリスト者は、この福音を宣べ伝えることが使命であり、平和をもたらすことに繋がると信じているのです。

「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」1テモテ2:4

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2013年8月 7日 (水)

下りる人、上る人

私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。

私の助けは、天地を造られた主から来る。

詩篇1211,2

82日から3日にかけて、ELCの特別プログラムである富士山ツアーが行われました。現在教師として奉仕しているアンナさんと来日前に話した時、日本に来て行ってみたいところの一つに富士山を上げていました。ならばそこに行くのは今でしょ、という事で今回のツアーとなったわけです。

ご存じのように富士山は今年、世界文化遺産としての登録を果たし、実に多くの人たちが訪れています。協力金の導入が試験的に始まり、交通規制もわれわれの行ったその日から始まりました。報道されているようなラッシュをうまく避けて、女性3名は7合目の山小屋に残り、他の7人は山頂アタックです。満天の星空のもと山小屋を出発し、八合目のあたりで雲海から上がってくるご来光を見(拝んではいません、念のため)、山頂では澄みきった青空と眼下の雲海に感動し、登頂の喜びを分かち合いました。

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世界文化遺産として登録されたのは、周りを含めた山の景観の美しさだけでなく、昔から信仰に深くかかわり、今も歌や絵画、物語など芸術の源となっているというのがその理由です。江戸を中心にして始まった、冨士講と呼ばれる富士山登拝と寄進を目的とした組織は、今もその名残が続いています。市内の八幡神社の境内にある浅間山は、今日風にいえばバーチャルな富士山です。ちなみに、当教会最初の復活祭野外礼拝は、その浅間山でささげられたのでした。日本人は、今も昔も富士山に特別な思いを抱いてきたのでしょう。

山頂から集合場所に着くと、重篤であったMさんが逝去されたことを知らされました。3日午前11:49分とのことでした。私たちは山を下りていた時間ですが、Mさんは一足早く信仰の高嶺を登り、天の御国へと上げられたのですね。

告別式は、6日にご家族、親族、そして武里チャペルの兄弟姉妹たちが集って執り行われました。ティム宣教師が初めて葬儀の説教を担当し、彼女が得た罪の赦しのめぐみと、病や死のない天国の希望が語られました。Masako_iwatate_005

天国でお会いしたい人がまた一人増えました。人はそれぞれの重荷を負って歩む登山者であり、巡礼者です。古い重荷はイエス様の元に置き、新しい荷を担って、主とともにある道行です。やがて召されるその日まで、山を見上げて私も歩き(走り?)続けていきたいです。

2013年8月 4日 (日)

富士山に登るのは

イエスの元に 詩篇121:1-8

今年世界文化遺産に登録された富士山には、例年以上に多くの人たちが登山に、あるいはその近辺に来ているという事です。ちなみに、私もそのひとりであり、先週はELCの教師と一緒のプログラムで、3回目の富士山登頂を果たしました。確かに、実に多くの人たちが来ておりました。

富士山が世界遺産に登録され、昔からこの山に登る人が絶えなかった理由の一つは、信仰にかかわりがあります。江戸時代には、庶民が盛んに富士山もうでをする「富士講」が日本の各地に組織され、今日でもその流れの中で来られる方がおられます。高い山に神々が住む、人間の力を超えたものがあるのではないかと畏れ崇拝することは、日本に限ったことではなく、世界中にみられる営みであると思います。

詩篇121篇は、イスラエルの民が都エルサレムを目指し、神殿に詣でる時に歌われた歌の一つです。彼らは、高い山も海もそれ自身が神ではなく、私たちが自然と呼んでいるものを造られた方がおられるという信仰を持っていました。それは、造り主である神様が人に与えてくださった信仰です。

イスラエルの民にとって、神殿は神を礼拝し、いけにえを捧げて人の罪を購うために大切な場所でした。今日ではその神殿はありませんが、かつての城壁であった西の壁は、イスラエルにとって、またユダヤ教徒にとって聖地となっているほどです。

ところがイエス様はサマリヤの女との出会いの中で、神を礼拝するのは特定の場所や神殿に限られない、真の礼拝とは霊とまことによることであることを示しました(ヨハネ4:21-24)。ローマ12:1にも、「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」とあるとおりです。このことは、実は旧約聖書にも示唆されています。ソロモンが神殿を完成させ、神にささげる祈りをしたとき、真の神様は人の手で造った宮などに入れることはできない方であることを、知っていたのです。

NHKの番組で、富士山を目指す人々にその登山道の6合目でインタビューしている番組がありました。いろいろなものを背負ったそれぞれの人たちが、頂上を目指して登って行くのです。確かに、私たちにはそれぞれの重荷があります。イエス様は、その重荷を持ったまま、ありのままでご自身の元に来るよう招いておられます。その招きの声を聞くことは、天の都を目指す巡礼者として私たちの道行の一こまなのです。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

マタイ11:28-30

2013.8.4(葉月) 409 

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