フォト
無料ブログはココログ

« お互いが違うからこそ | トップページ | 日光にイタリヤ »

2013年9月22日 (日)

喜びの秘訣は

ローマへ 使徒28:11-16

マルタ島を出発したパウロは、イタリア本土に足を踏み入れ、アッピヤ街道を通って、ついにローマへたどり着くことができました。上陸したポテオリでは1週間ほどの滞在中に、主にある兄弟たちとの親しい交わりがありました。また、ローマ途上の二つの町では、パウロの到着を出迎えた人たちがいたのです。彼らとあったパウロは神様に感謝し、勇気づけられたのでした。これまでの苦しみや航海の疲れが取りされるような幸いな時であったでしょう。ローマに着いたパウロは、囚人ではあり監視役の兵士が共にいましたが、慈悲で借りた家に住んである程度の自由が与えられました。そこで自由に福音を語り、諸教会への手紙をしたためることもできたのです(28:30,31)

さて、パウロにとってこのローマへの旅は、どのような意味があったのでしょうか。それは何と言っても、直接的にはカイザルの法廷への上訴でしたが、主イエスの福音を証する旅でした。

その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。」と言われた。使徒2311

多くのクリスチャンは伝道者や牧師ではありませんが、それぞれの所で言葉と行いを持って主を証することに、変わりはありません。

ローマへの旅は、殉教への旅でした。伝承によれば、ネロがローマ皇帝の時に、パウロは殉教したといわれています。ペテロも、その時代に命を失ったのでしょう。日本でも、信仰のゆえに死んでいった人たちがいました。イエス様を信じる道は、時にこのような苦難が伴うのです。

ローマへの旅はまた、愛の旅でもあったのです。パウロは、自分のことではなく、他の人のために自分の命を与えることを喜びとしていました。イエス様の生涯にみられる、おもてなしの究極の姿です。先ほど述べたように、ローマへの旅が苦難の旅でしたが、喜びがあったのです。獄中で書かれたピリピ人への手紙には、「たとい私が、あなたがたの信仰の供え物と礼拝とともに、注ぎの供え物となっても、私は喜びます。あなたがたすべてとともに喜びます。・・・いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」とあります。英語で喜びは、JOYといいます。ここに、喜びの生涯の順番が秘められています。まずJesus 、イエス様が一番ですね。つぎにOthers、他の人を顧みることです。そして最後に Yourself、自分のことです。現代の不幸は、自分のこと、特にお金や物を第一にしていることにその原因があるのではないでしょうか。人のことは顧みない、ましてや神様は自分とは関係ない、という態度です。

今年は大きな台風が日本を襲いました。1954年の926日、台風15号により青函連絡船の洞爺丸が沈没し、多くの方がなくなりました。その時居合わせた二人の宣教師は、自分の命を顧みず、他の人を助けるために奔走し、亡くなりました。この出来事は、三浦綾子氏の氷点に描かれています。イエス様を第一とした愛の物語がそこにあるからです。あなたのローマへの旅も、喜びに満ちたものでありますように。

2013.9.22(長月) 414

« お互いが違うからこそ | トップページ | 日光にイタリヤ »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 喜びの秘訣は:

« お互いが違うからこそ | トップページ | 日光にイタリヤ »