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2013年11月 9日 (土)

いのちの泉

いのちの泉 ヨハネ4:5-14

2013年11月10日 幼児祝福式

 

 

 

福音とは、英語でグッドニュース、よい知らせと言います。その内容は、世界の始まりから終わりまでの、壮大な物語、ドラマです。聖書は、初めに神がおられた、といいます。神はすべてのものをお造りになりました。私たちに見えるもの、まだ見ることのできないものも、すべてを造られた創造主なのです。また神様は、人をも造られたのです。その代表を、アダムとエバと名付けました。二人は神様に従っていたのですが、あるとき神の言葉に従う代わりに、悪魔と自分たちの声に従ってしまいました。残念なことに、アダムとエバの子孫たちは皆、その思いの深いところで、神様に逆らっていました。その象徴的な出来事が、ノアの時代に起きた洪水とバベルの塔の建設です。

 

しかし神は人間の歴史の中で、人類が神に帰る機会を与えてくださったのです。

 

時がたって、北王国イスラエルが滅び、南王国ユダは、バビロンにとらわれの民となって引かれていきました。しかし悔い改めた人々はエルサレムに戻り、城壁や神殿を再建し、再び律法を読んで、霊的な復興を遂げました。

 

その後およそ400年にわたり、預言者は現れず、神の言葉が語られない沈黙の時代となりました。しかし時が満ちて、神様は人としてこの世をすくために来られたのです。マリヤとヨセフを通してお生まれになったイエス様です。

 

しかしその時代の人たちは、イエスを訴え、ついに十字架につけられてしまいました。しかし彼らは、知りませんでした。実は、本来ならば自分たちがその罪のゆえに神の罰を受けて死ぬべきであることを。

 

すべてのことが終わったかのように見えましたが、実はここから福音の物語のクライマックスへと移っていくのです。葬られたイエスは三日目に甦り、全く新しいからだとなって人々に現れたのです。

 

クリスチャンには、聖霊が与えられていました。この聖霊は、彼らのうちに住んで、キリストに似た者へと変えることのできる力を持っていました。とはいえキリスト者も、罪を赦された罪人であり、不完全なものです。教会も、完全ではありません。しかし希望を持っているのです。主イエスが再び来られるとき、自分たちも新しいからだに甦り、教会は花嫁となってキリストと一体になることを。サマリアの女は、救い主であることを知ったとき、主を受け入れたのです。イエス様は子供たちを祝福して、言われました。「まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」マルコ10:15

 

イエス様こそが、いのちの泉であり、福音の物語の主人公です。この水を飲むもの、すなわち、イエス様の物語を自分の物語と重ね合わせる者は、神様のとの交わりを回復し、もう一度新しく生まれることができるのです。今朝私たちも子供のような素直な心になって、このいのちの泉をいただき、神様の祝福に与りましょう。

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