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2014年1月

2014年1月26日 (日)

祝福は神から 創世記27:18-29 2014.1.26 NO.428

キリスト教会では、祝福という言葉が良く使われます。広辞苑には、『(他人の)幸福を祝い、また祈ること。「結婚を―する」キリスト教で、神から賜る幸福や恵み。』とありました。この祝福という言葉は、特別な意味があるように感じる解説です。

子孫が繁栄し、多くの富が与えられることは神様からの祝福であると考えられてきました。しかしその祝福は、人の自分勝手な思いではなく、神からのものであることを示したのが、本日の物語です。

アブラハムとサラの間にようやく生まれたイサクは、母の亡き後リベカという女性と結婚します。彼女も不妊の女性でしたが、20年目にして双子を出産します。兄はエサウと言い、赤く毛深い子であり、狩猟を得意とする男子として育ちます。弟はその兄の踵をつかんで生まれてきたのでヤコブと命名され、羊を飼う静かな人となります。父はエサウを好んでいたので、彼の死が近づいてきたとき、長男であるエサウを祝福しようとします。そのことを知ったリベカは、自分の愛していたヤコブが祝福を得られるよう計略をめぐらします。自らイサクの好きな料理を作り、ヤコブを長男エサウになりませて祝福を受けました。出し抜かれたことを知ったエサウは祝福を受けることができず、ヤコブを殺そうと決意するのですが、そのことを知った母リベカによってヤコブは逃亡します。この出来事は、家庭内における人間の欲望の渦巻く生々しいでものであり、今でも起こっているようなことです。ところが、新約聖書を見ると、ヤコブの行ったこの行為は、信仰によることとして評価されているのです。

信仰によって、イサクは未来のことについて、ヤコブとエサウを祝福しました。へブル11:20

いったいどうしたことかと、いぶかるような記述です。実は、リベカが二人を身ごもった時、この二人は母の胎にある時からぶつかっていたのです。リベカはそのことで心配したのですが、神は

「二つの国があなたの胎内にあり、二つの国民があなたから分かれ出る。一つの国民は他の国民より強く、兄が弟に仕える。」創世記25:23

と言われ、祝福はヤコブが受けることになると示されていたのです。

しかし長男を好んだヤコブは、自分の思いでエサウを祝福しようとしたのです。確かにヤコブは兄を出し抜き、母の計略によって祝福を受けましたが、結果として神様の御心がここに成就したのです。祝福は人の考えから分け与えられるのではなく、神様ご自身がその源なのです。エサウもかつて自分勝手な欲望から長男の権利を軽蔑していました。彼ら二人とも不真実であり、そのことのゆえにそれぞれ苦しみを味わいます。長男の祝福を得たヤコブは、この後ヤボクの渡しでたった一人になり、神に打たれるという経験をすることになります。そこではじめて彼は、祝福を受けるにふさわしいものへと変えられていくのです。

大切なのは、自分がどのような境遇に置かれていても、祝福は神様から賜るものであることを信じ、求め続けていくことです。そこに神様の真実があるのです。

私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」2テモテ2:13

2014年1月19日 (日)

生涯を貫くもの 創世記15:1-6

2014年1月19日 丘の上礼拝説教

 

アブラハムのもともとの名前は、アブラムと言います。しかし彼が99歳になった時、神様はご自身を全能の神として現し、契約を結び、その名はアブラハムとなると言われました。それは、多くの国民の父という意味です。アブラハムはイスラエル民族の父というだけでなく、ユダヤ教徒、キリスト教徒、そしてイスラムの人たちにとっても霊的な父となっています。21世紀の人類が一緒に仲良く生きようと考えるならば、このアブラハムの物語を思い起こし、彼の生涯に学ぶ必要があるように感じます。

アブラハムの一生は、創世記11章の最後から始まり、25:11まで記されています。父と一緒にウルを出てハランに住み、さらに彼は信仰によって神様の示される約束の地をめざしてそこを発ってカナンの地に定住します。また、自分の子孫は空の星のように多くなると言われた神様の言葉を信じ、それによって義と認められました。エジプトに降った時には、妻のサラを自分の妹であると言って保身を図るというようなこともありましたが、信仰によって歩んだ人であったと言えるでしょう。

アブラハムの生涯を描いた書物には、「信仰の高嶺めざして~アブラハムの生涯」というタイトルがあったように記憶しています。彼の生涯を山登りに例えるなら、ようやく与えられた一人息子のイサクをモリヤの山でささげたことが、山頂に立った出来事と言えるでしょう。神様の命令に従って祭壇を造り、イサクをその上に乗せてまさに屠ろうとしたとき、み使いによってストップがかかったのです。実際にはイサクの命は助かりましたが、アブラハムにとってその行いは神様への従順を試される試験にパスしたのであり、イサクを神にささげたと同じことでした。

あなたの見ているとおり、彼の信仰は彼の行ないとともに働いたのであり、信仰は行ないによって全うされ、そして、「アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた。」という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。人は行ないによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。(ヤコブ2:2224)

その後の彼の生涯は、下山に向かったと言えます。イサクの結婚は喜ばしいことだったでしょうが、サラとの死別、再婚、そして自らの死はまさに下山の旅であり、彼の人生の最後となりました。特にサラの死は、彼にとって一番つらい出来ことでした。聖書は淡々と「アブラハムは来てサラのために嘆き、泣いた。」(23:2)とだけ書いています。その子イサクは、リベカとの結婚が「慰めを得た」ものとなりました(24:67)。この時、アブラハムはサラのために、ヘブロンのマクペラに墓を購入するのです。400シェケルであった記してありますが、これはかなりの高額です。夫として、アブラハムは精いっぱいのことをしたのです。後にアブラハムが死んで時には、遠く離されていたイサクと異母兄弟のイシュマエルが来て、共に父を葬るのです。

アブラハムの生涯を貫いていたのは、神に対する信仰でした。キリスト教の教えを信じるということではなく、神様のからの促しと、内側から突き動かされるような思いをもって歩んだ生涯だったでしょう。あまり良いたとえではないかもしれませんが、団子を突き刺している櫛のように、アブラハムの一つ一つの出来事を貫き、神の国への道びいたのです。

また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。(コロサイ1:10)

 

 

 

2014年1月12日 (日)

地に降られた神 創世記⒒:1-11

 

2014.1.12(睦月) 426、丘の上

 

人は古代から、神々は高いところにいると考えてきたようです。その神々に近づくために、あるいは礼拝や生贄をささげるために、必然的に高い建物を造ってきました。島根にある出雲大社の本殿の高さは24メートルですが、平安時代には48メートルの高さがあったと言われています。

そのような背景にある物語が、本日の箇所であるバベルの塔の物語です。もちろん聖書はこの出来事をおとぎ話としてではなく、歴史上の出来ごとして描いています。

ノアの時代の洪水の後、創世記の著者のいた地域は、一つの言語でした。彼らは町を造って、天にまで届くほどの高い塔を建てようと企てました。それは自分たちの名を挙げて、その町にとどまり続けるためでした。彼らの心は、自ら神のようになろうとする高ぶりと、全地に広がるようにとの神様のご命令に逆らうことでした。このことのゆえに、彼らの言葉が混乱させられ、工事は中止に追い込まれ、それぞれ勝手に地の全面に散らされるということになっていきます。まさに、

高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。(箴言16:18)

とあるとおりです。

この箇所で興味を引くのは、「そのときは人間の建てた町と塔をご覧になるために降りてこられた。」という言葉です。神様が人の世界に降りてこられた、というのです。この時は、実際どのように降りてこられたのかわりませんが、人のしていることをご覧になった、ということでしょう。日本人は、神々は霊として降りてくると考えてきました。神々が宿るわけです。たとえば、大きな木、大きな岩、柱などです。そしてこの世の領域と違うことを示すために、注連縄(しめなわ)を張りました。たとえば神社の境内地の磐座(いわくら)とえいば、神のいます所とされています。

聖書にも神が降ってこられるとありますが、何かにとりつくということではありません。神が人となって地に誕生したということなのです。それがご存知のように降誕祭、クリスマスであり、神が人となって降られたことを記念する時なのです。またこの神様が聖霊として降られたのが、使徒2章にある五旬節の出来事だったのです。いろいろな国ことばで話しだしました、皆神様をたたえるということにおいて、一つだったのです。そしてこの日、教会が生まれました。今日では、聖霊降臨日として記念されています。

すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒24)

主であるイエスキリストは人となって降られた神様なのです。そのお方は、人の世にあって最も低いところに降られました。すなわち、人々から辱めを受け、ついには十字架につけられて処刑されてしまったのです。十字架は辱めの場所でしたが、それを忍ばれたのです。神は、私たちを引き上げるために、イエスキリストとしてこの世に降ってこられたのでした。

それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。(ピリピ2:10,11)

 

2014年1月 6日 (月)

江戸切支丹屋敷跡

 1月6日、昨年の江戸切支丹巡礼ツアーの地図にあった、切支丹屋敷跡を訪ねに出掛けた。同行者は、群青に名文を寄せてくれているO君である。

 丸ノ内線茗荷谷駅で待ち合わせ、まずは王将餃子で腹ごしらえ。春日通りに出て、街の案内板を頼りに屋敷跡をめざす。途中、最後の将軍徳川慶喜終焉の地を通り、少し駅に戻るような形で屋敷跡の標柱と説明板を発見。E新聞社の前にあるのであるが、うまいタイミングでその会長さんご夫妻と出会った。会長さんは初対面にもかかわらず、戦国時代から鎖国、キリスト教禁制、そして開国までのお話しを熱く語ってくださった。ここは、イタリヤの宣教師シドッチが捕えられており、新井白石が彼を訊問した屋敷で、それがもとになって「西洋紀聞」が生まれた。すぐ近くに煉瓦造りの立派な家があり(個人宅と思われる)、入口には、そのことを記念したと思われる切片がはめ込まれていた。残念ながら不在のようで、その詳細を聞くには至らなかった。

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 次に切支丹坂を下って丸ノ内線のガードをくぐり、再び春日通に出て、浄土宗のお寺である伝通院に向かった。ここは徳川家康の母、於大方をはじめ、徳川家所縁のお墓がある寺として有名なところ。我々が見たいのは、棄教後もっとも長く切支丹屋敷に幽閉されていた宣教師ジュゼッペ・キャラの墓、あるいは供養塔であった。案内の方に伺うと、かつての場所から動かされ、一番隅にあるとのこと。一生懸命探すこと10分余り、O君が見つけてくれた!確かに、隣地の塀にくっつくように供養塔と説明が刻んである石碑が建っていた。イタリヤの大使によってできた記念碑である。塀とのスペースが狭く裏に刻まれた文字は読むことができない。建てられいるのはありがたいが、その置かれた場所が日本におけるキリシタンの精神的な場所なような気がして、ちょっと切ない気持ちになった。その後、O君は柴田錬三郎の墓を探したのであるが、その顛末は群青にアップしてくれるだろう。

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 そのO君が後楽園の方から帰ろうと言ってくれたので、春日通りを進むと、天井が円盤形をした高いビルが目に入った。文京シビックセンターである。じつはこの場所は、事前に行って資料を集めたいと思っていた所である。これはラッキーということで、20階の教育委員会でより詳しいお話を伺い、今は絶版となった「ぶんきょう史跡めぐり」から屋敷についてのコピーをいただくこともできた。26階の展望デッキからは、冬の晴れ渡った東京の街を見下ろすことができ、筑波山、秩父の山並み、そしてうっすらと富士山を眺めることもできた。無料でこんな絶景を楽しめる場所があったとは!コーヒーを飲んで一休みするつもりであったが、今日半日の収穫に満足して、家路についた。

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 厳しい取り調べを受けた切支丹たち、転んだ宣教師をもう一度回心させるために禁教下の日本にやってきて息絶えた宣教師たち、彼らは死んだが「その信仰によって、今もなお語っています」(へブル114)とのみことばが、思い浮かんだ。

2014年1月 5日 (日)

華やかな元旦

2014年、今年も元旦礼拝と新年茶会でスタートできました。

YamarinSakura

教会のTさんが、陽香と桜のために髪飾りをペアで作ってくれました。うれしいですね。本年も、よろしくお願いいたします。

Harukasakura

神に喜ばれる献げもの 創世記4:1-16

 

2014.1.5(睦月) 425、丘の上

 

春日部福音自由教会 山田豊

 

新しい年となりました。2日には、今年の抱負を書き初めに表した方もおられると思います。しかしながら、新年早々に事故や事件が起き残念な思いもしております。神様のみ言葉に聞き、自制しつつも精いっぱい神様に仕えてまいりたいと思います。

アダムとエバに子供が誕生しました。カインとアベルの兄弟です。しかしながら、この二人は人類最初の殺人事件を起こした兄弟たちに名前として知られるようになりました。二人は神様への礼拝のために、それぞれ献げものをもってまいりました。神様はアベルとその献げものには目を留められたのですが、カインとその献げものを受け入れませんでした。これに対して、カインは顔を地に伏せてしまい、弟アベルを野に誘い出して殺してしまったのです。神様の不公平が、このような悲惨な出来事を起こしたかのような記事となっています。

はたして神様は、アベルにだけ目をかけ、カインを嫌ったのでしょうか。そうではなく、ここにアダムの犯した罪が、その子孫に受け継がれていることを見るのです。私たちも神様の前に生まれながらの罪人であり、実際に人を殺さなくても、心の中で兄弟や隣人をさげすんでいるのならすでに殺人を犯しているようなものなのです。創世記の記事を新約聖書に照らして読むと、二人の違いが分かります。

信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。(へブル11:14

カインのようであってはいけません。彼は悪い者から出た者で、兄弟を殺しました。なぜ兄弟を殺したのでしょう。自分の行ないは悪く、兄弟の行ないは正しかったからです。(1ヨハネ3:12

アベルは信仰による献げものをしたのですが、カインには神様の前に正しくない思いをもって、出たのです。カインは気落ちして、地上をさ迷い歩く人になってしまいました。しかしそのようなカインに対し、神様は他の人から傷つけられることがないよう、特別なしるしを与えました。それがどのようなものであるのか、はっきりとはわかりません。

しかし今日、イエスキリストが私たちにしるしとなってくださいました。私たちもさすらい人であり、今年の歩みがどのようなものになるかわかりません。しかしキリストのゆえに、たとい罪を犯してしまうようなことがあっても、悔い改めて日々新しい歩みをすることができるのです。

 私たちはこのキリストにあり、キリストを信じる信仰によって大胆に確信をもっ  

て神に近づくことができるのです。エペソ3:12

 

2014年1月 1日 (水)

新年のご挨拶

 主にあって、新年明けましておめでとうございます。

かつてお正月やお盆は、家族みんなが誰かの家に集まる時でした。しかし今日では、子供や孫がそれぞれレジャーなどに出かけ、家の中がかえって静かになっているように感じます。

昨年の世相を表す漢字に、「輪」が選ばれました。2020年に東京オリンピック、パラリンピックの開催が決まったことも、輪が選ばれた理由のようです。オリンピックは、民族や国の違いを超えてスポーツで一つになる時でしょう。確かに今の時代は、人種や性別の違いだけでなく、異なる考えや意見を持っている人たちとともに生きていくことが求められています。その秘訣は、自分と違う他の人を理解し、受け入れることがどれだけできるかにかかっていると思います。

 違っていても互いに集まることをやめず、親切にもてなし合い、賜物を用いて仕えあう者となりたいのです。イエスキリストにあって神の子どもとされた者は、大きくて広い神様の家族の仲間なのですから。

 新しい年が、神の家族として祝福をいただく年となりますように。

 

  見よ、兄弟たちが一つになってともに住むことは

  なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。詩篇1331

 

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