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« 祝福は神から 創世記27:18-29 2014.1.26 NO.428 | トップページ | 寒梅 »

2014年2月 2日 (日)

和解の福音 創世記32:1-7

     先週の新聞記事に、昨年就任したローマ・カトリック教会のフランシスコ法王が、活発な首脳外交を進めている、とありました。「無意味な殺戮(さつりく)を終わらせるため、武力ではなく倫理的な法の力を生み出せ」と語り、争いではなく、和解の道を示そうとしています。

 

兄エサウをだまして、父イサクから長男としての祝福を受けたヤコブは、家を出て逃亡の旅に出ます。ハランまで足を延ばしたヤコブでしたが、兄と和解するために戻ってくるのです。そしてヤボク川の渡しを越えたところでエサウと再会し、抱き合って互いに涙を流し、和解することができました。

本日の箇所は、その様子を詳細に描いています。しかしこれを読むと、神様に打たれ名前をヤコブ(押しのける者)からイスラエル(神の王子)に変えられた人でありながら、兄を恐れ、自分を受け入れてもらえるよう細心の注意をもって臨んだことがわかります。自分の一行をグループに分け、兄に会うまで7回も地にひれ伏し、たくさんの贈り物を用意したことなど、神様より人の世の習いを優先させているかのようにも取られる行為です。

しかし彼は、エサウに会う前、神が自分とともにいてくださることを経験します。ベテルでは、天に梯子がかかり、天使たちが上り下りしている夢を見ます。旅を続けていると天使の軍勢が現れ、そこをマナイム、神の陣営と名付けることにしました。そして兄エサウに会う直前、たった一人になった時、ヤボクの渡しでみ使いと格闘し腰のつがいを打たれながらも神の祝福を求め、イスラエルと呼ばれるようになるのです。このような経験を通して、かたくなな彼の心は砕かれ、兄と和解する備えをしていったのです。

新約聖書を通してイエスキリストは、和解のために来られたことを知ります。

その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。コロサイ1:20

私たちはイエスキリストのゆえに、三つの和解を得たと言えるでしょう。第一は、神様との和解です。もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。ローマ5:10 神からの罰を受けることなく、命に生かされる者となったのです。第は、隣人との和解です。キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、エペソ2:14 自分と違う人を認め、共に過ごすことです。そしてもう一つは、自分自身との和解です。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。マタイ22:39 自分で自分を好きになる、ということです。

裁判の前段階として、調停というものがあります。争っている当事者同士が、第三者の和解案を受け入れれば、裁判にまで発展することはありません。争っている国同士で、和解することはなかなか難しいことです。あなた自身は、いかがでしょうか?神と和解し、隣人と平和を保ち、そして自分自身ともうまくやっていくことができているでしょうか。主は、神の和解を受け入れるよう、今も私たちに語りかけているのです。

こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。2コリント5:20

 

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