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2014年4月 6日 (日)

終わりまで仕える マタイ20:20-28

教会歴では、来週は棕櫚の聖日、イエス様が子ロバに乗ってエルサレムに入られ、多くの人たちが棕櫚の葉を打ち振ってこれを迎えたことを紀念する日です。

ご自分が受ける苦難が近いことを知ったイエス様は、エルサレムに入る前に、もう一度そのことを12弟子たちに告げられました。そして、苦難の道を進んでいかれました。その時、ヨハネとヤコブの母がイエス様のもとにやってきてひれ伏し、わが子を天のみ国において、イエス様の両脇の座につけてほしいと懇願したのです。このような光景は、今でも起きていることだと思います。母親としては、誰でも持っているわが子をかわいがる思いでしょう。

このことを聞いた他の弟子は、二人のことで腹を立てたとあります。弟子たちは、イエス様の最期が近づいているにもかかわらず、誰が偉いかなどと言って争うこともありました。親も、弟子たちもいったい何を考えているのか、と言いたくなる場面です。そのような時に、イエス様は改めて、人の上に立ちたいと思うものは、仕える者となりなさいと諭しました。そして、イエス様ご自身が、贖いの代価として死に渡され、人々を救うお方であることを示されました。自分を無にして仕える者としての姿がここにあります。そして、実際に苦しみを受け、十字架につけられて死に、墓に葬られたのです。イエス様の仕える者としての生涯は、変わることがありませんでした。

東京オリンピック誘致で使われた「おもてなし」という言葉が良く聞かれるようになりました。その心は、仕える心です。一過性のものではなく、自分の生涯をかけて貫く姿勢なのです。

ピリピ2:6-8 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えずご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

 

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