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2014年6月 1日 (日)

父の約束を待つ 使徒1:1-11

十字架に付けられ、死んで葬られたイエス様はよみがえられ、40日の間弟子たちに復活の姿を現されました。その後、弟子たちを連れてオリーブ山に登り、彼らの見ている目の前で昇天された様子が、ここに記されています。

イエス様は苦しみを受ける前に、弟子たちと一緒におられました。4節の言葉は、「食事を共にしている」と訳すことができる言葉です。十字架に付けられる直前、食事をしながらご自分の苦難について弟子たちに親しく話された、というのです。これが過越しの食事、最後の晩餐と呼ばれるようになった場面だと思います。

イエス様を地上で失っても、弟子たちはともに集い、祈りと賛美をささげていました。そこには、食卓を囲む交わりがあったことでしょう。このように集っていた弟子たちに、約束の聖霊が降り、彼らは他国の言葉で神様の御業を語り出したのです。その後、悔い改めてイエスを信じ、新たに洗礼を受ける人が起こされました。ここに教会が生まれたのです。教会に集った人たちの様子が使徒2章の後半に書かれていますが、集った人々には、食事とともに、パンを裂くという言葉で表現される交わりがありました。

物を食べるということは、命をいただくことです。世界文化遺産に登録された和食は、おいしくご飯をいただく日本の伝統的な食事を表す、シンボリックな言葉だそうです。ご飯と漬物があり、お汁とおかず()がついていて、それを箸でいただく、これが和食のスタイルです。日本人は、旬という言葉を使います。どの国でも、旬の食材はうまいのですが、日本ではその味わい方が複雑というか、深いものがあります。特に少し早目にいただく初物、すなわちはやりものは、人を生かすエネルギー、力、元気を自らに取り入れるという意味合いがあります。初物を食べると75日寿命が延びる、などと言われています。

食事の時、お祈りをします。食卓にイエス様をお呼びして、感謝とともに祝福を願うのです。イエス様の命に与るという願いでしょう。そしてこのことの象徴的な営みがパン裂きで、今日では聖餐式として守られています。イエス様が、私たちを主の食卓に招いてくださっているのです。初物ならぬ、初穂としてのイエス様が、私たちの力そのものとなってくださっているのです。

イエス様の昇天は、イエス様との目に見えないけれど霊的な交わりが始まったことを表す出来事なのです。天に挙げられたイエス様は、今信じる者の心の中にいてくださり、私たちに神様の元気、いのちを与えてくださっているのです。聖霊に満たされるとは、ご飯をおいしくいただいて心も体も満たされて活力が出るように、イエス様の命に生かされることなのです。

来週の聖霊降臨日をともに待ち望んで、今日もしっかりと、イエス様をいただきましょう。

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