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2014年6月 8日 (日)

教会の誕生 使徒2:40-47

本日は、教会歴では聖霊降臨日となっています。エルサレムで、祈りつつ集まっていた弟子たちに聖霊が降り、ペテロの説教で悔い改めてイエス様を信じバプテスマを受けた人たち3000人が、彼らの交わりに加えられたのです。ここに、キリストの教会が誕生したのです。その日を記念した日となっているわけです。

この日は、元はユダヤの祭りである、五旬節(ペンテコステ)と呼ばれる日でした。他国にいた大勢のユダヤ人が、自分たちの先祖の地であるエルサレムに集まっていました。彼らは、聖霊に満たされた弟子たちが、いろいろな国の言葉で語るのを聞いて、驚き当惑し、酒に酔っているのではないかとあざける人たちもいました。弟子たちは、神の国ことを語っていたのではないでしょうか。バベルの塔のできごとは、人間の言葉が通じなくなり、地の全面に散らされてしまったという物語でした。しかしここでは、違う国の言葉でありながら、聖霊によって一つとされる出来事です。

この人たちの交わりの様子が描かれているのが、本日のテキストです。み言葉を受け入れた人たちは救われ、信仰の証しとして水のバプテスマ(洗礼)を受け、教会の交わりに加えられたのです。彼らは、み言葉(聖書)祈りを中心とした生活に変えられ、互いに分かちあい(献金)救わる人たちが日々加えられていきました。パンを裂く、という言葉は今日の聖餐式にあたるもので、彼らはいつも主イエス様の十字架と復活を思い起こしていたことでしょう。

教会の誕生を見ると、それは人手によるのではなく、聖霊のお働きであることがわかります。イエス様が尊い血の代価を払って、人を罪から救い、教会という交わりに加えてくださったのです。聖霊は、人を新しく生まれさせるだけでなく、この世に教会を誕生させる力となったのでした。日本の宣教史において、教会は教育、福祉、女子の地位の向上などの分野で、良い影響を与えてきました。

今のこの時代における、教会の使命は何でしょうか?イエス様が宣べ伝えた和解の福音、平和の福音を教会の置かれている地域の中で、証しすることだと思います。なによりも、信者たちの生活の中で、和解と平和が見られなくてはいけません。苦しい現実のただなかに、私たちを助けてくださる聖霊が遣わされており、主イエス様がいてくださるのです。その方に望みを置いて生きることが、聖霊に満たされた生涯なのです。

この奥義は、今は、御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されていますが、前の時代には、今と同じようには人々に知らされていませんでした。その奥義とは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人もまた共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者となるということです。

エペソ3:5,6

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