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2014年8月10日 (日)

武器を捨てよ  イザヤ2:1-5

2次世界大戦、太平洋戦争後、69年目の夏を迎えました。21世紀は科学が進歩し、快適で平和な時代になると思っていた子供の頃がありましたが、地球上には今なお人の命が奪われていくという争いがあり、進歩とともにかえって不都合なことも起きています。

教会に来て知ったゴスペルソングに、川岸に行こう、英語では“Down By the Riverside”という曲があります。歌詞の大意は、「剣と盾を捨てて川辺降ろう、戦うことはもう考えない、戦うことはもう止めた」というものです。この歌詞の出所は、本日のテキストであるイザヤ書なのです。1節:全ての国々がそこに流れてくる、4節:彼らはその剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。

しかし現実の世界は、武器を捨てるどころか、ますます武器を増やすことによって力をつけ、国や民族同士が争っています。軍事力をつけることが戦争の抑止になるのだ、といってこれを是としているのです。かつて自分が子供のころ、機関銃などの武器や軍艦、戦車、戦闘機はかっこいいものだと思っていました。特に戦車に試乗させてもらった時は、言いようのない興奮がありました。今考えると、実に浅はかだったと思います。今の時代は、戦争はゲームの中だけのバーチャルなものだという感覚、人を殺すことのできる武器を武器と思わない、そのようになってはいないでしょうか。オスプレイは、かっこいい!などと言っていられるのでしょうか。

およそ、人との争い、国との争いの種は、人の内にあるというのです。私たちの心の中に、人を傷つけ、殺してしまうような武器があるのです。

内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。(マルコ7:2123)

ここからの解決なくして、どうして他の人と平和を保つことができるでしょうか。争いに満ちた闇のような世界から救い出し、平和の君として生まれてくださった方が、主イエスキリストです。イザヤは、救いの御子の誕生をはっきりと示した預言者でした。心の中にある武器を捨てる時、神様が招いてくださっている光の中を歩くものとなるのです。あなたの心にある武器を捨てるところから、平和の道へと続いていくのです。

あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。──光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです── エペソ5:8,9


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