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2014年8月17日 (日)

我と我が家は主に仕えん  ヨシュア24:14-18

旧約聖書の中で、今日の私たちにとって理解するのが難しい箇所の一つは、ヨシュア記から列王記、歴代誌に書かれたイスラエルによるカナン侵攻の記事ではないかと思います。カナンに住んでいた民族とおもに戦争によって土地を取り、イスラエルの各部族に領地を分割したことが書かれているからです。まさに、戦争の歴史です。これは今日でいう「聖戦」ではなく、神の民イスラエルであっても、戦いの歴史があったことをありのままに伝えている正直な記録であると理解しています。戦争を肯定しているのではなく、このような歴史があったことを示しているのであり、平和の君であるイエス様を知っている者として、このような戦争が今日も肯定されるのではありません。

本日のテキストは、カナンの地に入り、土地を分割してようやく戦いが終わった時、民の指導者であったヨシュアが、これから何を第一として過ごすのかを問うた場面です。彼の言い方は、ポストモダンの現代の言い方と同じだといえます。現代は、価値観が多様であり、自分の主義主張を他の人に押し付けることを嫌う時代です。しかし自分のことは、自分の物語としてしっかり表す時代でもあるのです。ヨシュアは「私と私の家とは、主なる神に従う」と自分の姿勢をはっきりとさせて、民に対しては「あなた方の仕えようとするものを、今日選ぶが良い」と言っているのです。もちろん、彼の願いは民が主なる神に仕えることを選び取ることでした。はたして彼らは、自分たちも主なる神に仕えると言うのですが、ヨシュアは彼らがやがて主なる神から離れてしまうことを知っていました。ここで民は、三度にわたって「主に仕えます」と言っています(18,21,24)。それでも、彼らは主を捨ててしまうのです。

これは、ペテロはイエス様を3度「そんな人は知らない」と否んだときに、鶏が鳴いたことを思い起こさせます。しかし復活の主は、ペテロに3度「あなたはわたしを愛しますか?」と聞いてくださいました。ペテロは、3度尋ねられたことに心を痛めるのですが、イエス様の深い大きな愛を知って、主に従うことを表明するのです。ペテロは弟子のひとりであるヨハネのことを気にしたのですが、イエスは「あなたはわたしに従いなさい」と言われ、彼自身がどのような態度で主に従おうとしているか、本当にイエス様に仕える者であるかを吟味させたのです。私たちの心の態度は、いかがでしょうか?

ヨシュアのごとく、主に仕えることを改めて表明し、その道を最後まで歩んでいきたいのです。

だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。マタイ6:24

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