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2014年8月24日 (日)

戦艦大和ノ最期

ふとしたことから吉田満氏の「戦艦大和ノ最期」を読みました。関連して、氏の全集にも目を通すことができ、今年の敗戦記念礼拝を迎える一つの備えとなりました。

吉田氏は、太平洋戦争末期、当時浮沈艦と言われた「大和」の乗組員として特攻作戦に参加しましたが、九死に一生を得て敗戦を迎え、後にキリスト者となった人です。23歳でした。

この作品は、疎開先で彼の話を聞いた作家吉川英治が、これを文章にして残さなければならないと強く勧めたことによるものです。出版の前に幾人かの人たちがこの原稿を回し読みしたそうで、その中にカトリックの神父がおられ、その方の導きでカトリック信者となりました。しかし婚約中の婦人がプロテスタントの信者であったため、後にプロテスタントに改宗します。これには、多くの苦しみがあったことでしょう。吉田氏は、日本基督教団議長として教団の戦争責任をまとめた鈴木正久牧師の下で長老として奉仕されました。鈴木師の召天後も、自らの戦争責任を問いつつ、戦中派の人間として平和のために尽くした人でした。戦後は、日本銀行に勤務する傍ら、執筆活動をなさっておられます。

吉田氏は1979年に召され、葬儀は東洋英和女学院で行われました。また夫人の嘉子さんは2009年に召され、お二人が属していた西片町教会で葬儀が行われたのでした。

敗戦記念礼拝を過ごし、今も残っている言葉を著作から引用させていただき、私の思いといたします。

「平和の問題」より

信仰者としてこの問題(平和の問題)に立ち向かう以上は、単に賢く目先が利くということだけでは済まされない。まず第一に、平和の問題をひとごとではなく、本当に自分自身の課題として、追い求め、つねに自分として精いっぱいの姿勢を持ち続けるだけの用意が、なければならない。・・・第二は、“平和”への歩みを、はげしい愛によって貫かねばならない。

「平和に生きる」より

 

(マタイ5:9を引用した後で)つくり出されるもの、それが平和である。どのようにして、平和はつくり出されるか。それは、私どもが、身辺の生活のすみずみにおいて、自分の血の通った生活の場において、そこにある無数の憎しみと利己心の唯中で、自分を超えようとたたかうこと、その中から生まれてくるのではないか。家、肉親、友人、隣人、社会、この世界、そして何よりも自分自身との戦いの中で、愛と絶えざる忍耐と、勇気と持てる限りの賢さをもって、偽りの力の均衡ではなくて心底私どもを結びつけ合う一致を求めることが、平和への道なのではなかろうか。

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