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2014年9月14日 (日)

救いのことば  使徒13:7-26

窮地に陥っていた時、ある言葉によってそこから脱出できたという経験を、多くの人が持っていると思います。ちょっとした一言が、大きな助けになるということも、ありますね。

伝道の旅を続けていたパウロは、アンテオケにおいて会堂に集ってきた人たちに奨励のことばを語りました。その冒頭は、イスラエルの民族の歴史を概観することでした。士師の時代の最後になると、人々は自分たちを治めてくれる王を求めました。神様は彼らの要求に応えて、サウロを最初の王として立てました。王は、ダビデ、ソロモンと続くのですが、ソロモンの死後王国は北と南に分裂し、いろいろな王が二つの国を治めるようになりました。パウロはユダヤ人が知っているこのような歴史を覚え乍ら、神はダビデの子孫から救い主イエスを送ってくださったことを明らかにします。イエス様の言葉は救いのことばでしたが、実はイエス様ご自身が救いのことばであったのです。

そのことは、ヨハネの福音書の冒頭にはっきりと記されています。「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(ヨハネ1:1)

しかしイスラエルの民はこのイエスを救いのことばとは認めず、彼を死刑にするようピラトに要求したのです。そしてイエスは十字架に付けられ、処刑されてしまいました。イエスは葬られた後三日目に甦り、今は天の御座について私たちのためにとりなしをしてくださっています。ここでのポイントは、イスラエルの民は自分たちの求めていた救い主、真の王である方を拒んでしまった、ということです。人は、救いや王を求めながら、実際には自分が王になろうとする悪の心を持っています。それは誰の心にもある、肉の欲求です。イエス様を信じていても、心の王座には相変わらず「自分」がで~んと座っているということがあるのです。そんな人の思いを知って、パウロは皮肉たっぷりに言います。「あなたがたは、もう満ち足りています。もう豊かになっています。私たち抜きで、王さまになっています。いっそのこと、あなたがたがほんとうに王さまになっていたらよかったのです。そうすれば、私たちも、あなたがたといっしょに王になれたでしょうに。」(1コリント4:8)

かつて人々は、イエス様を無理やり王にしようとしたときがありました。しかしイエス様は、そこを去っていったのです。ご自分の時はまだ来ておらず、人々が本当にイエスを王としてはいなかったからです。イエス様は、救いのことばであり、命のことばです。イエス様の言葉を私たちの中に豊かに住まわせるとき、大きな力と深い慰めをいただくことができるのです。聖書に書かれている救いのことばを心に復唱して、新しい一日を過ごしてまいりましょう。

キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。コロサイ3:16


 

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