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2014年9月 7日 (日)

私を贖う方  ルツ4:7-12

ミレーの「落穂ひろい」は、日本人も好きな絵の一つでしょう。この光景は、聖書のルツ記に出てくる美しい場面です。

ナオミの嫁であるルツが、ボアズという人の畑の落穂を拾いに行くのですが、ボアズの好意を受け、後に結婚することになります。ナオミは夫に先立たれ、二人の息子はそれぞれ結婚したのですが、二人とも死んでしまい、二人の嫁と暮らしていたのでした。しかしいつまでも嫁を縛っておくわけにはいかないと思い、彼女たちを実家に帰らせようとします。しかしルツはお義母さんを捨てるわけにはいかないと言い張り、家にとどまっていたのでした。ボアズはやがて、ルツをめとる決心をします。そのために、彼はナオミの夫が残した地所も併せて買い取ることにしたのです。しかし彼の土地を買い戻す権利を持っていて、それがボアズより上位の人がいました。初めはその人が、土地を買い戻そうと主張しましたが、ナオミの夫の子孫を残すために、ルツも一緒にめとらなければならないと知って、その権利を放棄します。ルツがモアブ人という異邦人であったことと、ルツを養うためにお金が余分にかかることが、放棄の理由であったかもしれません。ボアズはナオミの夫の土地を買い戻し、ルツを妻とし、子供が与えられるようになります。やがてその子供はダビデ王の先祖となり、イエス様誕生の系図にも入れられるようになるのです。これがルツ記の概略です。

この中で、「買戻しの権利」という言葉が出てきます。この言葉は、「贖い」という意味も持っています。ルツ記の物語は、神様による私たち罪人を贖うことをあらかじめ表したストリーともいえます。義理の父や夫を失い悲しみの中にあったルツを、ボアズは必要な金額を払って買戻し(贖い)、自分の妻という新しい身分を与えたのです。神様は、罪の中に苦しんでいる私たちを、贖いの代価としてイエス様の命を払い、罪の中から買い戻してくださった、すなわち、贖ってくださったのです。かつて、人として苦しみの極みを味わったヨブは、こう歌いました。「私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。」(ヨブ19:25)

ルツが祝福された生涯を送ったように、贖われた者は神様の祝福を受ける人生へと変えられるのです。

この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。

コロサイ1:14

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